2023年7月31日ザルツブルク音楽祭 [2023年夏 ザルツブルク]
今日は7月31日のお話を。
この日は朝から素晴らしい天気だった。今年のめぎのザルツブルク滞在の最終日だったので、綺麗な光の中、ゆっくり散歩を楽しんだ。その話はいずれ。
そして夜、めぎにとって今回最後のオペラへ。
この日の会場はフェルゼンライトシューレ(サウンドオブミュージックのトラップ一家がコンテストに出る会場)で、内容についてはこちら(ドイツ語)。めぎの大好きな指揮者クルレンツィスが、新しく組織したUtopiaというオーケストラと演奏するコンサート形式のオペラで、演目は1695年のHenry Purcellの作品The Indian Queen。この演目についてはこちら(英語)かこちら(ドイツ語)。
めぎはHenry Purcellという作曲家は全く知らなかったし、「インディアン女王」などというオペラはタイトルすら知らなかったが、クルレンツィスが指揮をするということで迷わずチケットを取った。それからそのオペラについて調べたわけだが、もともとは30分程度のセミオペラでインカとアステカの争いについて描いたものだったのを、Peter Sellarsという演出家がスペイン人による先住民マヤの征服をテーマに3時間以上の大長編オペラに作り替えたもの。どんな音楽かちょこっと聴きたい方はこちらをどうぞ。
そのオペラは既にマドリッドで上演され、DVDになっている。オペラの歌詞は英語。こちらが前半で、こちらが後半。この日はコンサート形式だから普通のオペラのような衣装とか舞台装置とか、上記の映像に入っているようなダンスなどはなかったのだが、歌うソロ歌手が歌う場面で真ん中に出てきて、その場面の演技をしながら歌った。その演技が普通のオペラの下手な演出よりずっと迫真で素晴らしかった。途中にナレーションが入るのだが、めぎ的にはどうしても必要なものとは思わなかったが、その声が場面の心のひだを表現していてなかなか凄かった。そして照明が非常に効果的に色を変え、普通のオペラを見ているよりずっと引き込まれた。
幕間の休憩中。コンサート形式だから、聴衆の恰好はゴージャスより若干落ち付いている。
こんな古い全く知られてもいないオペラだが、満員御礼だった。
そして長い2幕目もあっという間に終わり、拍手大喝采。
クルレンツィスの指揮は、彼のコンサートの多くの場合と同様、指揮台を置かず、オケと同じレベルに立ち、真ん中に突っ立てはいなくてまるで彼自身が音に乗ってダンスをしているかのように動き回る。全身から音が出ているかのようだ。それが他の指揮者と全く違うところ。オケも演奏する人は立っていることが多い。それが、みんなで全身全霊を込めてアンサンブルをしているという感じで、視覚的にもとても素敵なのだ。今回の演目はたった2回のみの上演で、ラジオ放送もテレビ放送もない。幻の上演という感じで、これを映像に残さないなんてああ勿体ないと思うほど素晴らしかったのだが、それもまた舞台演劇の儚さで、だからこそ良いとも言えるのだろう。
トリミングだが、右がクルレンツィスで、左がPeter Sellars。Sellarsの演出はめぎ的に外れも多いのだが、今回のは素晴らしかった。彼は光の演出を得意としているのだなと思う。今年の音楽祭の一番最初に見た教会コンサートでの合唱団の振り付けも、演出自体はフーンだったが、照明は素晴らしかった。
何度も何度もカーテンコールをしても拍手が鳴りやまなかったのを、クルレンツィスがオケを引き上げさせて無理やり終わらせた。観客は大満足の様子だった。次の日の批評も素晴らしかった。よかったらこちらをAIで訳してどうぞ。
そして外へ。
ああ、今年の夏も見納めだな…
最後の最後にこの上なく素晴らしい演奏をどうもありがとう。
次の日の飛行機は朝9時ごろで、7時過ぎには宿を後にした。雨だった。
ザルツブルク音楽祭は8月末までで、めぎが去った後も、今日もまだ続いている。まだまだとても見たかった演目があるのだが、仕事が始まってしまったので泣く泣く諦めざるを得ない。ああ、残念。ホント、残念。でも、今年もまた十分に楽しませてもらった。ありがとう、ザルツブルク音楽祭。またね。
ここまで音楽のことを中心に書いてきたが、今後はいつもの旅行記ルーティンの中で散歩に行って写した写真を紹介しようと思う。
この日は朝から素晴らしい天気だった。今年のめぎのザルツブルク滞在の最終日だったので、綺麗な光の中、ゆっくり散歩を楽しんだ。その話はいずれ。
そして夜、めぎにとって今回最後のオペラへ。
この日の会場はフェルゼンライトシューレ(サウンドオブミュージックのトラップ一家がコンテストに出る会場)で、内容についてはこちら(ドイツ語)。めぎの大好きな指揮者クルレンツィスが、新しく組織したUtopiaというオーケストラと演奏するコンサート形式のオペラで、演目は1695年のHenry Purcellの作品The Indian Queen。この演目についてはこちら(英語)かこちら(ドイツ語)。
めぎはHenry Purcellという作曲家は全く知らなかったし、「インディアン女王」などというオペラはタイトルすら知らなかったが、クルレンツィスが指揮をするということで迷わずチケットを取った。それからそのオペラについて調べたわけだが、もともとは30分程度のセミオペラでインカとアステカの争いについて描いたものだったのを、Peter Sellarsという演出家がスペイン人による先住民マヤの征服をテーマに3時間以上の大長編オペラに作り替えたもの。どんな音楽かちょこっと聴きたい方はこちらをどうぞ。
そのオペラは既にマドリッドで上演され、DVDになっている。オペラの歌詞は英語。こちらが前半で、こちらが後半。この日はコンサート形式だから普通のオペラのような衣装とか舞台装置とか、上記の映像に入っているようなダンスなどはなかったのだが、歌うソロ歌手が歌う場面で真ん中に出てきて、その場面の演技をしながら歌った。その演技が普通のオペラの下手な演出よりずっと迫真で素晴らしかった。途中にナレーションが入るのだが、めぎ的にはどうしても必要なものとは思わなかったが、その声が場面の心のひだを表現していてなかなか凄かった。そして照明が非常に効果的に色を変え、普通のオペラを見ているよりずっと引き込まれた。
幕間の休憩中。コンサート形式だから、聴衆の恰好はゴージャスより若干落ち付いている。
こんな古い全く知られてもいないオペラだが、満員御礼だった。
そして長い2幕目もあっという間に終わり、拍手大喝采。
クルレンツィスの指揮は、彼のコンサートの多くの場合と同様、指揮台を置かず、オケと同じレベルに立ち、真ん中に突っ立てはいなくてまるで彼自身が音に乗ってダンスをしているかのように動き回る。全身から音が出ているかのようだ。それが他の指揮者と全く違うところ。オケも演奏する人は立っていることが多い。それが、みんなで全身全霊を込めてアンサンブルをしているという感じで、視覚的にもとても素敵なのだ。今回の演目はたった2回のみの上演で、ラジオ放送もテレビ放送もない。幻の上演という感じで、これを映像に残さないなんてああ勿体ないと思うほど素晴らしかったのだが、それもまた舞台演劇の儚さで、だからこそ良いとも言えるのだろう。
トリミングだが、右がクルレンツィスで、左がPeter Sellars。Sellarsの演出はめぎ的に外れも多いのだが、今回のは素晴らしかった。彼は光の演出を得意としているのだなと思う。今年の音楽祭の一番最初に見た教会コンサートでの合唱団の振り付けも、演出自体はフーンだったが、照明は素晴らしかった。
何度も何度もカーテンコールをしても拍手が鳴りやまなかったのを、クルレンツィスがオケを引き上げさせて無理やり終わらせた。観客は大満足の様子だった。次の日の批評も素晴らしかった。よかったらこちらをAIで訳してどうぞ。
そして外へ。
ああ、今年の夏も見納めだな…
最後の最後にこの上なく素晴らしい演奏をどうもありがとう。
次の日の飛行機は朝9時ごろで、7時過ぎには宿を後にした。雨だった。
ザルツブルク音楽祭は8月末までで、めぎが去った後も、今日もまだ続いている。まだまだとても見たかった演目があるのだが、仕事が始まってしまったので泣く泣く諦めざるを得ない。ああ、残念。ホント、残念。でも、今年もまた十分に楽しませてもらった。ありがとう、ザルツブルク音楽祭。またね。
ここまで音楽のことを中心に書いてきたが、今後はいつもの旅行記ルーティンの中で散歩に行って写した写真を紹介しようと思う。