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ギリシャ旅行記序章 [ギリシャ]

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春の新芽と桜を始めとする花々の射撃競技会のような時期をようやく乗り越え、ちょっと落ち着いたのでそろそろギリシャ旅行記に取りかかろうかと思う・・・春の刻々と変わりゆく風景に翻弄されているうちにギリシャ旅行をしてから早くも一か月を過ぎてしまった。現在のデュッセルドルフはようやくその頃のギリシャの気候に追いついたような感じ。

出発の日は3月末頃。どんよりとした朝だった。
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あの事故の直後ということで、空港には慰霊の場所が設けられていた。
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あ、マウスもいる・・・小さなお子さんも亡くなったという事ね。なんて痛ましいこと。
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そして、ちょっとドキドキしながら飛行機へ。無事に飛び立ってからもちょっとドキドキ。
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というのも、めぎたちが予約してあったのは他ならぬあの航空会社だったから。
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アルプスの端っこからディナルアルプス山脈の上空を通過。つまり、ボスニアとかモンテネグロとかアルバニアとかの上空を飛んでいったのだと思う。まああんな事故はそう起こるものではないと頭では分かっているけど、この山脈がどんどんどんどん近づいてきたら・・・と想像してしまったのも事実。
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時折見える人の営み。
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そして、ちょっともやっとしているギリシャへ。
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無事についてやっぱりホッとした。機長の「このような状況下でも変わらずご信頼くださりご搭乗いただきまして、ありがとうございました」という言葉が印象に残った。

めぎたちはアテネの空港でレンタカーして、早速出発。これは途中で休憩したアウトバーンのサービスエリア。ギリシャコーヒーではなくこんな紙コップのカプチーノだが、これでギリシャ文字を読む練習。(今日の写真の中でここからの2枚のみD600 + 24-70mm(F2.8)で撮影。)
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めぎもうちのドイツ人もギリシャ語は全くできないが、文字だけは覚えていった。大きなアウトバーンには普通のアルファベットの表示もあるが、レンタカーでまわる田舎道ではギリシャ文字が読めたらたぶん役に立つだろうと。実際役に立ったし、読むのはクイズみたいで楽しかった。それに、ギリシャ神話などで聞き覚えのある地名もいっぱいあるので、ああ、あれがここね、というのも楽しかった。

こちらはまた途中で休憩したところから見たエーゲ海。お世辞にもエメラルドグリーンとは言えないエーゲ海。そういう日もあるわよね。
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そのあと最初の目的地の辺りから撮ったイオニア海。少しクリアになってきたかな。なかなか良い感じ。(ここからの2枚はNikon 1 V3 + 30-110mm(F3.8-5.6)で撮影。)
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最初に泊まった町コリントスの遺跡。下には紀元前6世紀の古代ギリシャ時代のアポロン神殿の遺跡。よく見ると、後ろの大きな岩山の上にも城砦が。あれは、アクロコリントス(古代コリントスのアクロポリス)がその後十字軍遠征やオスマン帝国の支配などで城砦となったもので、ビザンチン様式の遺跡。それはそれで重要な遺跡なのだろうが、紀元前の遺跡と同居されると中世の城砦なんてどうでもよくなってくる。
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その後ずっと旅の間天候に恵まれ、明るい写真がいっぱい。それは明日から順次ご紹介するとして、次は一気に最終日のアテネ空港。
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入り口のガラス戸はまるで鏡のよう。手前の様子がクッキリハッキリ映ってて、どれほど明るかったかお分かりいただけるかしら。
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今回の旅ではアテネの街を全く訪ねていない。空港からまっすぐコリントスへ向かい、ペロポネソス半島を半周した。ギリシャに何度も来たことがあり、アテネはもちろんクレタ島やらエーゲ海の島巡りやらを30年も前に卒業したうちのドイツ人は、行ったことのないペロポネソスへだったら、とギリシャ旅行を快諾したのだった。
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めぎも今回大きな町で人混みにもまれたくはなかったしね。
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と言ってもギリシャ旅行を突然決めた訳ではなく、もう何年も前から、いつか行こうと機会を伺っていた。その昔子どもの頃に歴史で色々習ったペロポネソスへ一度行ってみたい、というのはうちのドイツ人の長年の憧れでもあったし、めぎは春先のドイツがまだ寒い時期、明るいギリシャの光への憧れが強かった。きっかけとしては、昨年トルコに行って、今度はギリシャへと思ったのが大きかったかな。

帰りの飛行機はルフトハンザが代行していた。
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機体は何かと話題のA320だったけど。
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中ではルフトハンザのアテンダントたちがルフトハンザの制服のままこの航空会社の乗務員として仕事していた。機長さんの挨拶で「本日もルフト・・・いや、ジャーマンウィングスをご利用いただきありがとうございました。」というのが印象に残った。
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がら空きの飛行機・・・まあ、イースター直前のこの時期、ドイツからギリシャへ行ったドイツ人は普通まだ帰らないし、ギリシャ人はわざわざ寒いドイツへイースター休暇を過ごしに行こうとは思わないだろうしね。あの事故のあと無料でキャンセルに応じてたし、あの会社の飛行機を使ってという人はさらに少ないのだろう。
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そしてまた険しい山々や・・・
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人間の営みを見下ろしながら時間を過ごした。
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無事到着。
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勝手知ったるデュッセルドルフ空港。ホッとする瞬間。
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明日からコリントスのお話を。

撮影: 注記した写真以外、Nikon 1 V3 + 18.5mm(F1.8)
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アクロコリントス [ギリシャ]

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現在、3月末~4月初めのギリシャ・ペロポネソス旅行記を連載中。

今のコリントスの町は海に面しているのだが・・・
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めぎたちが目指したのはそこから車で10分ぐらいの内陸に位置する旧コリントス。

いよいよ見えてきた旧コリントスで真っ先に目に入るのは、当時のアクロポリス。アクロポリスというのは小高い丘の都市という意味で、古代ギリシャ時代に要塞や聖域が築かれた場所。
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高いところを見るとやっぱりすぐに上ってみたくなる。まずは宿にチェックインとも思ったが、まっすぐこの岩山を上った。
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頂上が見えてきた。
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凄い城砦ね~
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こんなごつごつしたところ。
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ここ、見学は午後3時まで。めぎたちがここに着いたのは午後5時近く。
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入り口から覗いたところ。
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明日にでも来てみる?まあその辺りは明日の天気と気分で決めよう。

・・・などと話しながら、ここからコリントスを見下ろす。
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イオニア海が幻想的だった。
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それにしてもこんなところにも健気に花が。
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知らない植物もいっぱい。
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ここで何枚かV3に望遠30-110mmレンズをつけて撮影。
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ギリシャの旅に向けてどのカメラとレンズで行こうかと考えたときに、D600に24-70mmレンズは標準装備として外せなかったのだが、それに望遠70-300mmを持っていって付け替えるのは重いし面倒だ。でも、遺跡を見るのだからやっぱり望遠が欲しいわよねえ・・・ということで、お安めの1インチ用30-110mmを買ったのである。200ユーロ程度で換算80-300mmのレンズが買えて、しかもとっても小さくて軽くて、フルサイズのサブカメラとしてのお伴にはぴったり。

近づけない遺跡を撮るのに非常に重宝した。画質はフルサイズに300mmレンズをつけるのとはきっと雲泥の差なんだろうけど、旅はやっぱりある程度身軽じゃなきゃね。それに、写りもそんなに悪くなくて、大満足。
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ところで、ここの駐車場、かなりアバウト。ここにはたいして観光客は来ないのだろうな。こんなに立派な要塞だけど、もともとの古代ギリシャ時代の遺跡という訳ではなく、中世の十字軍以降の東西のせめぎ合いの中で堅固な要塞が作られた訳で、今見ることができるのは主にビザンチン様式(部分的にはヘレニズムとか、ヴェネチア様式とかも)。それはそれで歴史的に非常に重要だが、やっぱり古代ギリシャ遺跡にはかなわないわよね。
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めぎたちが今回借りた車は↑あの黒っぽいボルボ。いつももっと小さな車を借りるのだが(特に南欧では道が細く駐車場も狭いので小さな車の方がずっと便利なのだ)、前回シチリアで用意された車が小さすぎてトランクにスーツケースが入りきらなかったので、一回り大きなのを、と予約したら、こんなに大きくなっちゃったのだ。これじゃあ車上荒らしに狙われそう・・・とちょっと不安だったが、何事もなく旅を終えられてよかった。ボルボ、めぎは初めて乗ったのだけど、なかなか乗り心地よかったわ。

最後の写真はまたD600で。そろそろ下へ降りましょ。
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撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)、 Nikon 1 V3 + 30-110mm(F3.8-5.6)
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旧コリントス遺跡 [ギリシャ]

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現在、3月末~4月初めのギリシャ・ペロポネソス旅行記を連載中。

ここは旧コリントスの通り。
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旧コリントスと書くのは、今のコリントスはここから7~8㎞離れた海岸にあるから。19世紀の地震の後、場所を変えて町を建設したそうだ。

これはたぶんオスマン帝国支配の名残だわね。
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街並みにも遺跡っぽいのがあちこちに見られる旧コリントスだが、本来の遺跡はこちら。
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アテネよりも前、紀元前7世紀頃に栄えたというコリントス。どんな町だったのかな・・・
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どこの遺跡もそうだけど、今の地面よりずっと下の方にある。地球はこの2~3千年のうちにずいぶん厚くなったのね。

アポロン神殿があそこに。
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別の角度から。
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この遺跡は歩いて見学できるようだが、朝8時から15時までで、既に閉まっていた。明日の朝、見に来ようか?どうしようかねえ・・・などと話しながら、この日の夕食のレストランを物色。遺跡の近くには観光客向けのレストランや土産物屋が並ぶ。呼び込みも多いし、外に英語でメニューが出ていたりもする。しかしそこでなにより目についたのは・・・
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ワンちゃんたち。
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宿の人の話では、ギリシャが経済的に傾いてから、犬を飼えなくなった町の人がここへ捨てに来るケースが多いのだとか。なんとまあ可哀想なワンちゃんたち。コリントスに限らずペロポネソスのあちこちの町でこういう犬たちを見かけた。そして、その犬たちは夜中に遠吠えをするのだった・・・あのトルコの田舎の野犬遠吠え合唱よりは数がずっと少なかったし、見たところまだ毛並みもよくそれほど空腹そうでもなかったが、あのトルコ東部のようになるのはもしかしたら時間の問題かしら。そうこうしているうちにトルコの方が裕福になって、野犬がいなくなるかも知れないわよね。
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どこの国も同じだが、教会は非常に立派。
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前には新約聖書の「コリント人への第1の手紙第13章1~8」がギリシャ語や英語などで彫られてあった。
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そうかあ、あのコリント人って、このコリントスの人のことだったのか・・・と今更ながらに思う。ヨーロッパの人にとっては常識中の常識なのかも知れないが、薄っぺらな知識しか持たないめぎには、時々突然頭の中の片隅にあった記憶と現実に目の前にある物とが結びつき、ああこれだったのか、と鱗が落ちることが多い。

話は飛ぶが、コリントス遺跡の話をまとめてしまうということで早くも次の日の朝。綺麗に晴れ、もう一度遺跡と後ろのアクロコリントスを写しに行った。
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V3とズームでも。
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V3の写りも悪くない。
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でも、D600の写りは3次元が感じられていいのよね。
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めぎたちはここを見学せずにすぐに次の目的地オリンピアへ向かうことにした。というのも、それなりに遠いし、オリンピアに行くのが最大の目的だったから。そこでフレッシュな気持ちのまましっかり見学することにいたしましょ、と。事前に色々見ちゃうと本来の目的地でもう興味がわかなくなっちゃうからね。

朝の町は静かだった。夜と同様に。
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観光シーズンにはまだ早いのかしら・・・と思ったが、オリンピアやその後の町でそんなことはないと思い知ることとなった。コリントス、それも旧コリントスに宿泊する人の数が少ないということであろう。時期にも因るかも知れないが、ここ、穴場かも。コリントスには普通アテネから日帰り観光する人の方が多いしね。

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)、Nikon 1 V3 + 30-110mm(F3.8-5.6)
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旧コリントスのタベルナ [ギリシャ]

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現在、3月末~4月初めのギリシャ・ペロポネソス旅行記を連載中。

ここはコリントスで入ったタベルナ。
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コリントスでここに入ったことのある方もきっといるんじゃないかな・・・遺跡のすぐ近くのレストラン・土産屋ストリートからちょっと外れたところにある民宿を兼ねたタベルナ。タベルナとは食べるなではなく、食堂というか、居酒屋というか。

ここのハウスワインを頼むと、こんな容器とグラスが出された。あ、ここもこういうグラスでワインを飲むのね。スペインとかイタリアとか、南欧ではよくある。
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これがまあなんとも美味しくて♪やっぱり地元のワインを地元で飲むのって格別だわね。

外にもたくさん席がある。この日は雨がちだったので外には座れなかったが、この後気温が上がり天気もよかったので、きっとたくさんの人が訪れてここに座ったことだろう。
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まずはギリシャのサラダ。上に乗っているフェタ(羊のチーズ、ところによっては山羊のチーズ)がギリシャサラダのシンボル。オレガノがきいていて、3月末で生野菜に飢えていためぎたちには天国の御馳走のようだった。
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それからお決まりのツァツィキ(ギリシャではザジキと読むかも知れない・・・ヨーグルトとキュウリとニンニク)や、豆のスープ(スープという感じではなく煮込みだったけど)と・・・
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ライスを詰めたトマトのオーブン焼きなど。この他に鶏の足のグリルも。(鶏は頼みすぎという感じで最後食べるの辛かったけど。)
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こってりした甘いギリシャコーヒーも、出されたなんだかよく分からないデザートも美味しかったし・・・
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最後のオレンジが最高!
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素朴だけど素材の味が非常に美味しい料理だった。ワインも飲んで二人で37ユーロくらいだったと思う。そのうちワインは500mlピッチャーでなんと3ユーロ!(税金は他の食べ物が13%なのに対し、ワインは23%だった・・・こうして見ると、日本の消費税ってずいぶん安いわねえ。ちなみにドイツは19%。ヨーロッパ各国では外食の場合20%以上も普通。ちなみに税金の額が分かるのは、このタベルナがちゃんとレシートを発行したから。ギリシャではちゃんとレシートを出してきちんと税金を払っているところを見せるようにしようと気をつける店が多くなったらしい。反対に言えば、うやむやにしていた店も多かったということで・・・つまり闇の儲けが多くて国家の税収が少なく、したがってEUから=ドイツから借りたお金も返せないということであるが・・・緊縮策の影響・圧力でレシート発行が増えているとか。)見たところ、片言英語で注文をとったおばさんが一人でやっているようだったが、どれもこれも美味しくて、このギリシャ旅行で最も記憶に残った。まあ、もしかしたら、旅の一日目で何もかも新鮮だったからかも知れないが。

ところで、この店のカウンターの前になにやら置かれていた。
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オリーブオイルみたい・・・買って帰ろう!ということになり、てっきりこのペットボトルのもオリーブオイルかと思ったら、なんと自家製ワイン!さっき飲んだのと同じで、ワインもオリーブオイルもこのおばさんのご主人のお手製だとのことだったので、迷わずどちらも購入。まあたいした値段でもないしね。両方あわせて6ユーロくらいだったかな。
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食べ終わるとすっかり真っ暗だった。看板の文字がすっかり潰れてしまったが、外から見た雰囲気を。
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いかにも観光客向けの通りからほんのちょっと離れたところにあるこのタベルナ。ここだって結構な歳のおばさんが片言の英語で注文をとったし、テーブルも十分にあって充分観光客向けなのだろうが、素朴でいい感じでめぎ家的には大当たりだった。

全く人気のない道を宿へ帰る。まだ8時半くらいだったのだが、旧コリントスはひっそりとしていた。
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向こうに見えるのが今のコリントスの明かりではないかと思う。遺跡のそばにも数件ペンションがあるが、普通のホテルは新しいコリントスの方にある。
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小雨が降り、ちょっと寒かった。
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宿の人の話によると、ギリシャはちょうどこの日までずっと寒くて、この次の日から突然春の陽気になったようだった。今回の旅で天気がイマイチだったのはこの初日のみ。ラッキーな旅だった。

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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旧コリントスの宿泊先 [ギリシャ]

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現在、3月末~4月初めのギリシャ・ペロポネソス旅行記を連載中。

泊まった宿の廊下からアクロコリントスがよく見えた。
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部屋は極めてシンプル。
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特にバスルームは非常にシンプル。
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この部屋は二人で朝食付きで45ユーロ。決め手は遺跡まで歩いていけることと、見えることである。

夜景。
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早朝。
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シャワーを浴びて朝食に行くとき。
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いい天気ねえ♪

綺麗なのでV3と望遠レンズでも。ほら、遺跡が見えるでしょ。
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ずっと遠くの山はまだ白かった。ギリシャって明るい海のイメージが強いけど、ペロポネソスは雪山もあれば切り立った崖のような岩山もあるところ。
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手前にはオレンジ農園。
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さて、朝食会場へ。ここは宿のフロント。広々としてちょっとホテルみたいね。上の時計の中には東京時間も。
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朝食は大陸ヨーロッパスタイル。つまり、温かいのはコーヒーだけ。ゆで卵はあったが、ドイツと比べてハムやチーズの種類が少なかった。
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光が眩しい。これからの旅に向け、明るくてウキウキ♪
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壁に掛かっているのはこの辺りで見つかった珊瑚の化石なのだとか。
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宿のおばさんの娘さんたちは二人ともドイツ語を勉強してドイツで仕事を得ているのだとか。ギリシャからドイツに仕事を求めて移住する若者は多い。いや、ギリシャに限らずスペインやイタリアやその他シェンゲンやEUの国々の若者は、ドイツに特に手続きもなく移住・留学・就職できるから、優秀な人こそどんどんドイツへやってくる。外国人労働者という言葉にはどうも力仕事やサービス業のイメージが強いが、ドイツへは頭脳も移住してくるのだ。優秀な人がいなくなった国々の産業が空洞化していくのも当たり前。

もうちょっと後だったら木々は綺麗な緑だったんだろうな。
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遺跡の見えない側にも部屋があるみたい。空いている時期に来てよかった。
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このあとめぎたちは遺跡の近くでさくっと先日載せた写真を撮って、次の目的地オリンピアへ向かった。

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)、Nikon 1 V3 + 30-110mm(F3.8-5.6)
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コリントスからオリンピアへ出発 [ギリシャ]

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昨日の動画について・・・あれは、悔しいけど、日本人がRとLの発音の区別ができないことを使われたCMであるということ。しかも、あのCMのアジア人、どうもイマイチ日本語らしくない発音で、あれで日本人の発音を茶化されているかと思うとますます悔しい(だから、日本人という設定なのかどうかナゾなのだが)。お聞きになった方、あのアジア人がRの発音をしているのかLの発音をしているのか、分かりました?HermesとHelmesを区別して発音し、かつ聞き取れるって、なかなかできないことよね。めぎも未だ苦手。

さて、今日からまたしばらく3月末~4月初めのギリシャ・ペロポネソス旅行記をどうぞ。

コリントスを出たのは朝9時半頃。アウトバーンを使って南西へ。ギリシャはアウトバーンが有料で、時折料金所があった・・・そんなに高くなくて毎回2.5ユーロ程度を払うだけだが、無料のドイツに慣れていると、ちょっと新鮮。ああ外国に来たなあと感じる一瞬。
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ペロポネソスのアウトバーンは非常に立派で、EUの援助で建設されたという看板が立っていた。それを見ながら、自分はこのアウトバーン建設のためにもういっぱい支払ったのにギリシャはさらにお金をとろうとする!とドイツ人らしきブラックな会話をしつつ軽快に走る。
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アウトバーンに限らず、今回訪れたペロポネソス半島の遺跡という遺跡には全てEUの援助で修復・発掘された等の看板があった。どこもかしこもEUの援助で成り立っているという印象。以前ルーマニアに行ったときも、スペインのバスクに行ったときも感じたが、EUというのは加盟国の貧しい地域に莫大な投資をしてインフラを整え、遺産を守ることに尽力している。理念で終わらないこの実行力には常々圧倒される。
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最近は特にテロの危険やら移民問題などからEU(というかシェンゲン)の移動自由性を懸念する人がいるし、どこの国にも国粋主義者がいて実際議席を獲得したりもしたのだが、それが日本で大きなニュースになるから日本の方々にヨーロッパには反EUの人が増えているという印象を与えているようだ。が、それは喩えて言えば、日本と言えばフクシマのことばかりニュースになるので日本中が放射能に脅かされているとヨーロッパの人が受け取るのと似たようなもの。ニュースは大事だが、そればかり信じてもいけない。人目を惹くことしかニュースにしないからだ。

別の言い方をすると、例えば、犯罪者が別の県に逃亡する可能性があるから昔のように関所を設けましょう、と考える方はいらっしゃるかしら。まさかね~ヨーロッパも同じこと。テロに備えて国を閉ざすのではなく、ヨーロッパ全体で協力。ボートに乗ってやってくる計り知れない数の難民に対しても、ヨーロッパとして協議。テロやロシアや中国や、そしてなんと言ってもアメリカに対向する力を保つために、ヨーロッパはEUを弱体化させる道を自ら選んだりはしないだろう。


さてさて・・・ギリシャって岩山の多いところ。どうもめぎにはエーゲ海クルーズのイメージの強いギリシャだが、標高も結構高い。
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30分も走らないうちにアウトバーンはお仕舞い。
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というのも、オリンピアまではアウトバーンがないのだ。いや、正確に言うと、ペロポネソス半島の海沿いのアウトバーンをぐるりとまわればアウトバーンで辿り着くのだが、そんな大回りをせず半島の真ん中を突っ切ることにしたため、ここから100キロ程度は下道を行かねばならない。

もうちょっと後だったらきっとあの桜かリンゴかアーモンドの花が綺麗だったんだろうな。
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車の枠が写り込んでしまったが、ほら、オリンピアまで100キロ以上。向こうに小さな礼拝堂が見えている・・・ペロポネソスは道路の脇にこういう礼拝堂がよくあった。
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下道もそれほど悪くない。あのトルコの状況と比べると、さすがEUというか。まあ思えば、紀元前から世界の中心地だったところだものね。
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たまにこんな町を通過したり・・・
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立派な教会だなと思って写したらギリシャのいい感じのおじさま方が写ったり・・・
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こんな小さな教会のミニチュアみたいなのがあったり。
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めぎたちは出発からちょうど一時間くらい経ったところで、この結構立派な礼拝堂のところで一休みすることにした。
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教会の裏は素晴らしい景色だった。
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ずーっと遠くに雪の山も。
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手前には綺麗な緑の畑とオリーブの木。
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ギリシャの教会はギリシャ正教会。ドイツのカトリックやプロテスタントとは全く違う。そうだなあ、日本の仏教とタイの仏教の違いのような程度には違う・・・もっと違うかな。どうかな。
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教会のドアは閉まっていて入れなかったが、ガラス越しに中を撮影。
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それにしてもずいぶん立派ね。手をかけて常にメンテナンスしているという事ね。
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ここでV3の望遠レンズでも撮影。
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望遠レンズ、楽しいわ~♪
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こんな調子じゃいったいいつオリンピアに辿り着けるか分からないが、のんびりゆっくり、ブログものんびりゆっくり。

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)、Nikon 1 V3 + 30-110mm(3.8-5.6)
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ランガディアという町 [ギリシャ]

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現在、3月末~4月初めのギリシャ・ペロポネソス旅行記を連載中。

オリンピアまであと81キロ。
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途中で見かけた山羊飼いと山羊たち。
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こんなところや・・・
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こんなところを通り抜ける。
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アウトバーンと比べて道路が傷んでいるところも多々あったが、一年前のトルコ東部と比べたら通行になんの問題もない。
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しばらく走ると、崖の斜面に町が見えた。
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結構大きな町ね。
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こんな橋を渡ると・・・
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その町の中心部へ。
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崖の斜面の町だから、道が狭い。しかも路駐してるし。前からバスがやってきて、めぎたちはバックする羽目に。
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その向こうに少し駐車できるところがあったので・・・
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ちょっと休憩。急斜面の町、足腰鍛えられそうねえ。
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ここはLangadiaという町。地球の歩き方には載っていないが、ドイツのガイドブックには4分の1ページほどの記載があって、LangadiaというのはSchluchten(峡谷)という意味だそう。人口3千人ほど、数百メートルの標高差のある町なのだとか。

これ、建設中なのか、途中で放棄されたのか。
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向こうにはさっきすれ違ったバスが。あそこを通ってめぎたちはここへやってきたのよね。
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通り沿いはこんなところ。
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せっかくなので、ここのカフェで一休み。
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ギリシャコーヒーではなく、カプチーノ。お水を出してくれるのがちょっと嬉しい。
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前にはこんな車が駐まっていた。
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つづく。


撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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土産物屋で [ギリシャ]

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現在、3月末~4月初めのギリシャ・ペロポネソス旅行記を連載中。

ここは、オリンピアに向かう途中でちょっと一休みしたLangadiaという町のカフェ。
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その隣にちょっと魅力的な土産物屋さんがあった。
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わあ、いいねえ、と立ち止まったら、すぐに店の中から女性が出てきて、英語でそれはナントカカントカですよ~こっちはナントカで、そっちはこれこれでね~と話し出した。ちょっとウザイなと思ったけど、写真撮ってもいいと言うし、いくつか欲しいなと思うものもあったので、ここでちょっとお買い物。ギリシャの麺は茹で時間が短くするのがポイントだとか。たしかにここで買った麺は2分も茹でるともう柔らかかった。
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色々欲しくなっちゃう。
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この白いゼリーみたいなのは、トルコにも同じようなのがある。ギリシャとトルコって仲悪いけど、似たところが多いわねえ。これは小さなパックに適当に詰めてもらって買ったのだが、なかなか美味しかった。
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ここで麺やらコンポートやら20ユーロ分くらい買ったかな。意外と高めの観光客向けのお値段のお店だった。お金を払っているときに、この女性が「どちらから?」と聞いてきた。めぎは日本からだけど、うちのドイツ人にも「あなたは?」と言うのでドイツからと答えると・・・
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ああ、ドイツ!ええ、私はね、メルケルさんが言うことは正しいと思うけど、でも私たち、ずっとずっとずっとずっとずーーーーーーーーっと働いているのよね。でも生活大変でね~うちの娘たちは大学に行くし、でも大学出てもいい仕事無いし・・・と長い長い長い話が始まった。適当に切り上げようにも、絶対に切り上げさせない貪欲さでどこまでもいつまでも話し続ける。うちのドイツ人は相当辛抱強く相づちを打ち、そうだねえ、仕事大変だよねえ、ぼくも毎日毎日働いているんだよ・・・などと言うのだが、え?あなた今ここに仕事で来たの?違うでしょう、休暇でしょう、記念にこれはどう?これはね、こうしてああして・・・とまたまた永遠に続くのだった。とうとう話を終えることを諦めて外に出てもまだついてきて、隣の絨毯屋さんを指さして、ここは私の娘のお店なの、ちょっと見ていかない?と。

いや~凄かったわねえ・・・
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こんな感じのことがこの旅行中数回あった。ドイツと聞くと、彼らギリシャ人たちはどうしてもどうしても胸の内を吐き出したいようだった。同時にお得意様のドイツ人には色々買って欲しくて、相当積極的だ。駆け引きをするのではなく両方のエゴをむき出しにする感じが興味深かった。


さて、そこからしばらく走ると、綺麗な花が咲いているところがあった。
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わ~綺麗だね~とここでまた一休み。
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D600と24-70mmレンズの写真は、物語の空想が膨らみそうな雰囲気。
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V3と30-110mm(換算80-300mm)では、写実的。
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ズームできるというのは時折とても楽しい。
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ドイツではまだ花の咲いていない季節だったので、嬉しくてたくさんたくさん撮影。
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ここに小さな祠というか、礼拝堂のミニチュアみたいなのがあった。それも、ずいぶん錆び付いていて、バラバラになりつつある。(ここからまたD600で)
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それからまた車を走らせ、こんな橋を渡り・・・
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オリンピアまで、あと少し!
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つづく

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)、Nikon 1 V3 + 30-110mm(F3.8-5.6)
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オリンピア考古学博物館 [ギリシャ]

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現在、3月末~4月初めのギリシャ・ペロポネソス旅行記を連載中。

ようやく到着したオリンピア。
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オリンピアという町は、オリンピアの遺跡を見に来た人たちにお土産や食事や宿を提供するためにあるような町。そして、その昔古代オリンピックがここで開催されていたときには、そのオリンピックを見に来た人たちにお土産や食事や宿を提供するためにあったような町。つまり、今も昔も競技場のためにある町で、町自体は何も見るべきものはない。

通りの突き当たりにオリンピック競技場の遺跡がある。その近くには観光バスがずらり。
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遺跡見学は午後3時まで。めぎたちが到着したのは2時頃で、ちょうど遺跡を見終わった人たちが駐車場へ向かう小さな出口からぞろぞろぞろぞろ。30分くらいこの辺りのベンチに座ってお昼代わりにパンを食べたが、人々の列は途切れることがない。どれほどの人がこのオリンピア遺跡を見に来たことか・・・
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ここに到着するまではほとんど観光客に出会わずペロポネソスがずいぶんスカスカのイメージだったので、あらら~やっぱりいるところにはたくさんいるのね、とびっくり、半ばげんなり。
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博物館は5時までだったので、とりあえずそこへ。遺跡を見るのとセット券になっていて、次の日に遺跡を見学してもいいか聞いてみると、もちろんOK。これで明日は券を買わなくていいわね。
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博物館にはたくさんの遺跡が展示されていて、興味ある人にはどれも面白い。今日はめぎとうちのドイツ人の目を惹いたものの中から、テーマをできるだけ絞ってご紹介。

これはミケーネ時代のブロンズ像。生き生きとした目の表情にちょっとびっくり。
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紀元前6世紀くらいの盾。
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これがここで最も有名な勝利の女神ニケ像。紀元前5世紀のもの。顔がないのが残念。照明が美しく、写真撮影の練習になる。
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綺麗なおみ足を。意外と小さな足だったのね。
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もう一つここで最も有名なゼウス神殿の破風や壁などが展示されている部屋。規模はパルテノン神殿に匹敵するそうで、見たことのある顔がたくさん。
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例えば、こちらはアポロン。
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右端はケンタウロス。
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戦いの場なので、なかなか苦しそうなお方も。
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これは予言者・・・ちょっと電話しているようなこの身振り表情が面白くて。
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ここでめぎたちは結構な時間を過ごした。と言うのは、うちのドイツ人が非常に丹念に一つ一つ見ては色々感じてあれこれ思い出して話すから。彼にとってはこれは子どもの頃の歴史の授業と直結。彼は歴史が大好きなのだが、その興味は学校で習ったこのギリシャの歴史に端を発する。ドイツでは自分たちの歴史(=ヨーロッパの歴史=ドイツの歴史)の発祥として、古代ギリシャ・ローマを習うのだ。世界史としてではなく、ヨーロッパ人の歴史として。もちろんドイツ人だって自分たちがゲルマン民族大移動で東方から移動してきたということを知っている。そしてライン河の辺りで古代ローマ文化とぶつかって、ローマ化されていったことを。それは彼らにとっては先史で、文明国家としての歴史はそのローマ化されたところから始まるのだ。なんと言ってもドイツの元は神聖ローマ帝国なのだから。

こういう教育を受けてきているからか、ドイツ人たちには古代ギリシャ文明に対し心の奥底で畏敬の念があるというか、憧れを持っている。それが、今のギリシャの経済危機を簡単には切り捨てられないストッパーになっているようにも見える。

さてさて・・・特にずいぶん時間をかけて見たのがアテナ像とヘラクレス像。前にいるヘラクレスが天空を支えているのをそっと助けているこのアテナ像の表情に非常に惹かれて。
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こちらはヒドラと闘うヘラクレスだったようだが・・・
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ずいぶんなくなっちゃったのね。
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これはクレタの雄牛と闘うヘラクレス。
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ヘラクレス、大変だったんだなあ・・・

これもアテナ像。ずいぶん表情が違うわね。
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これは、女神ではなく実在した巫女。美しいなあと思って。
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最後に、ゼウスの使者かつありとあらゆる文化に通じる神、ヘルメス(Hermes)。旅や交通の神だったり、音楽の神だったり、スポーツ競技の神だったり、ほんとありとあらゆる知恵に優れているという感じ。手の上にいるのはディオニュソス。
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以上、ホンの100万分の1程度の紹介だが、それだけでもこんなにいっぱい。ギリシャ神話、カタカナの名前が多くて我々には誰が誰だか難しいわねえ。でも、うちのドイツ人は誰がどんな役割を担っているか本当によく知っている。そういえばうちのドイツ人の息子が小さい頃、いつもオデュッセウスの朗読CDを聞いていたなあ・・・グリム童話も読み聞かせしていたけど、子どものお気に入りはオデュッセウスだった。こうやってドイツ人の教養が子どもの頃から養われるのね、と思ったものだった・・・

博物館の外には綺麗な花が咲いていた。
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つづく

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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オリンピア遺跡を上から見る [ギリシャ]

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現在、3月末~4月初めのギリシャ・ペロポネソス旅行記を連載中。

オリンピア遺跡の博物館を見終わったのは4時過ぎ。もう特にすることもないので、3時に閉まったオリンピア遺跡のまわりをぐるっと散歩。というのも、ちょっと高台へ道が延びていたので、もしかしたら上から見られるポイントがないかな・・・と。あったあった!
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望遠でも撮影♪
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ちょっと日が翳っちゃったけど。
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そしてこちらが古のオリンピック競技場。
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望遠でも撮影・・・いやあ、感動♪
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ここで紀元前に競技してたのね~
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VIP席とかだったのかな~それとも表彰の場所かしら~などと想像が膨らむ♪
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競技場に入る入り口付近。ちょっと見えにくいけど、手前の橋みたいなのがアーチで、それをくぐって左へ行くと競技場に出る。
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あのアーチをくぐって細い通路から広い競技場に出て行くときの気分、どうだったのかな。
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その辺りの石に聞いてみたくなるわね。ねえ、どうだったの?と。
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閉館して誰もいない遺跡。いいなあ、こういう誰もいないときに歩けたらいいのになあ・・・
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ということで、めぎたちは次の日早起きして開館と同時にこの遺跡を見学することにした。開館は朝8時だって・・・そんな早くから遺跡を見学するには、オリンピアに泊まるか、アテネを朝6時頃には出発してこなくちゃいけないから、たぶん人が少ないんじゃないかと想像したのだ。少なくとも、9時や10時に来るよりはマシだろう。

そうそう、この右手前の煉瓦だったかどうかもはや分からないのだが、ちょっと他の遺跡の石と雰囲気の異なる部分があった。あのちょっと新しそうなのはなんだろうね~と言っていたのだが、あとで調べたら、なんと古代ローマ時代の浴場跡。ほぉ~古代ローマ人はこんなところにも浴場を作ったのね。そして、古代ローマの遺跡って、古代ギリシャの遺跡と並んであると、ずいぶん新しく見えるものなのね~とびっくり。時代のスケールが違うわねえ。
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明日を楽しみにいたしましょ、とめぎたちはホテルに向かうこととした。
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通り沿いにはまた礼拝堂のミニチュアみたいなのがあった。
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こんな花が咲いていたり・・・
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ローズマリーの群生があったり。
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ローズマリーの花、いい香りだった。
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撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)、Nikon 1 V3 + 30-110mm(F3.8-5.6)
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オリンピアの宿 [ギリシャ]

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現在、3月末~4月初めのギリシャ・ペロポネソス旅行記を連載中。

ここはめぎたちがオリンピアで泊まった宿。写真としては全然よくないけど、まあ雰囲気は分かるかな。
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階段を昇って廊下にはこんな空間が。
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一泊二人で38ユーロ(約5千円、一人当たり2500円)と破格のペンション。めぎ家の部屋はダブルベッド一つだったのだけど、部屋を写すのを忘れちゃったので、隣のトリプルルームを。極めてシンプル。
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バルコニーつき。隣との境はこの壊れた物干し♪ まあ、この日隣はいなかったけどね。
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バルコニーからの眺め。夕方になって、曇ってきた・・・明日晴れるといいなあ。
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バスルームも極めてシンプル。お湯の出は意外によかった。
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さて、このペンションは一階にタベルナ(大衆食堂)がある。
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ちょっと近所を歩いてレストランを物色してみたけど、オリンピア遺跡の近くは観光客向けのニオイがぷんぷんしてめぎ家的にはイマイチ。結局宿のタベルナで夕食をいただくことに。
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簡単な食堂だけどこんなインテリアも。
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さて、ワイン♪ この土地の適当なハウスワインがものすごく美味しい。
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適当な地元の料理をお願いした。定番ギリシャのサラダ(上に乗っている白いのは山羊のチーズ)と、パンにつけて食べるナスを潰したようなものと・・・
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ラザニアみたいなのと・・・
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グリル盛り合わせ。
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この焼き鳥みたいなのとピタというパンが美味しかった。手前の肉はラム。
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食べているうちにお客も増え、また、おかずやパンなどをここで買って持ち帰る人もたくさんいた。隣のテーブルにはフランス人のカップルが座り、めぎたちが食べていたものを見て、あれと同じのを、などと注文していた。
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食後はギリシャ・コーヒーと、メタクサというギリシャのブランデー。飲み慣れるとこのギリシャ・コーヒーがとても美味しい。粉と一緒のどろっとしたコーヒーで、その粉が下に沈んでから飲む。メタクサもギリシャ料理を味わったあとに飲むとスッキリする。飲み物って、その土地の食べ物にちゃんと合っているのよね。
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さて、食後めぎたちは次の日の早起きに備えて10時に就寝。次の日は6時半起き。7時頃綺麗な朝日が見えて、ああよかった。
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シャワーを浴びて7時半前に部屋を出たけど、この宿の朝食は8時から。だから遺跡に行く途中のカフェでコーヒーを飲み、遺跡を見学してから戻ってきてゆっくりと朝食をいただいた。前の日のうちにホテルの人に聞いてみたが、8時前には対応できないけど、そのあとだったらいつでも好きな時間に食べに来てチェックアウトもそのあとでいいと言うので。遺跡見学の話はまた明日。

そんなわけで、朝食をいただいたのは9時半過ぎ。シンプルな朝食だが、ゆで卵と絞りたてのフレッシュオレンジジュースがあった。
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そして10時頃チェックアウト。
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いい天気♪
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撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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早朝のオリンピア [ギリシャ]

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現在、3月末~4月初めのギリシャ・ペロポネソス旅行記を連載中。

朝7時半頃のオリンピア。夜に雨が降ったようだが・・・
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今は真っ青な空。
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朝日が綺麗な時間。
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オリンピア遺跡の朝8時の開門に合わせて来たのだが、なんと!もうバスが到着してる!!
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観光バスがアテネからここまで到着するには朝6時には出てこないと着けないと思うんだけど・・・この辺りに泊まっているツアーのバスかしら。

混む前に遺跡を見たい・・・と早足で向かう。でも、すっごく綺麗な朝の雰囲気を撮りたくて、でもでもゆっくりフレーミングとか露出とか考えている時間もなく。ああ。
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遺跡のある辺りに靄がかかってる・・・(トリミング)
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8時5分前くらいに到着!入り口は既に開いていたが、係の人にまだダメと言われ、手前で待つ。
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他にはまだ誰もいなかった。あそこに見える小屋は入場券売り場だけど、あそこもまだ開いていない。たぶんバスで着いた人たちはあの小屋の向こうへ5分くらい歩いたところにある博物館で券を購入しているのだろう。そこだって8時にならないとドアが開かず、売ってくれないのかも知れない。前日のうちにセット券を用意しておいて良かった。
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待っていると、どうぞ、もういいですよ~と言われた!
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一番乗り~~~!

入ると、既に発掘の人たちが仕事開始していた。これ、8時1分の撮影。
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V3&望遠レンズでも撮影。
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さて、中に進んでいくと、靄がとっても幻想的に消えていくところだった。
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だ~れもいないオリンピア遺跡。広々としたこの遺跡をめぎ家二人占め。この小石の道をめぎたちが歩くざくっざくっという音と鳥の鳴き声しか聞こえてこない。うちのドイツ人の嬉しそうな顔をお見せしたいくらい。
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そして、光がなんと美しかったことかしら。
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朝の清々しさと、光の神々しさと、遺跡のロマンとで、気分はもうもうハイテンション。
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もっともっと時間をかけて構図をきちんと考えたりしたかったけど、緯度の低いギリシャでは朝の光もあっという間に変わっていくし、なんと言っても最も見たいものが一番奥にあるのでそこまで急がなくちゃいけないしで、かなりさくさくパシャパシャと撮影。でもそういうときにこのD600と24-70mmレンズは素晴らしい威力を発揮してくれて、いい色合いに写し残すことができた。ここ2年間いつもこのセットばかり使ってきたから露出合わせやピント合わせなどが瞬時にできるというのもよかったと思う。
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あ、あそこに人が!もう追いついてきた人がいるのね。
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というわけで、めぎたちは最も見たかったところへ急ぎ足。
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つづく

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)、Nikon 1 V3 + 30-110mm(F3.8-5.6)
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誰もいない古代オリンピアスタジアム [ギリシャ]

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現在、3月末~4月初めのギリシャ・ペロポネソス旅行記を連載中。

人が来ないうちに、あのアーチの方へ!
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・・・と言いつつ、V3と望遠レンズでも撮影。
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そして、いよいよこの入り口のところまでやってきた。そう、ここは古代オリンピアスタジアムの入り口。
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そもそもギリシャのペロポネソスへ行きたいと思ったのは、オリンピアを見たいと思ったから。そのオリンピアで何を見たいかと言えば、オリンピック発祥の地に他ならない。神殿などの遺跡も魅力的だけど、うちのドイツ人にとって最も大事だったのはこの競技場跡だったのだ。

足下に長い長いミミズがいた。大きさが分かるようにうちのドイツ人の手と一緒に撮影。
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このままにしておくとあとからやってくる人々に踏みつぶされちゃうだろうと思って、木片を拾ってすくい上げてこの草むらの方へ返しておいた。
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あのミミズはもしかしたら紀元前にオリンピアで競技が行われていた頃にここに生きていたミミズの末裔だという事よねえ・・・そう思うと、なんか凄くない?

ここを通りながら、ふと、向こうにたくさんの観客が待っているような気がした・・・
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この空間に出た瞬間、わぁ~~~~~~!という歓声が聞こえるような気がした。
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ミミズたちが競技した跡。
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かつての観客たちは観客席など無く、競技場まわりの地べたに座って観戦したらしい(最後のローマ期になってようやく木製の席が作られたとか。もちろんそれは残っていない)。雨が降るとちょっと大変だっただろうな。でも、当時オリンピックは8~9月だったという事だから、暑くてカラカラだったかな・・・夏のギリシャはほとんど雨が降らないはず。
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石造りの席(祭壇)に座ったのは、デメテル女神の巫女のみだとか。
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あれこれ撮影していたら、うちのドイツ人がここにおいでとめぎを呼んだ。あらま、いつの間にあんなところに。
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古代人になったつもりで見下ろしてみる。と言っても当時は、巫女さん以外男性しか観戦が赦されなかったらしいけど。
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トラックの幅は30m、長さは192m。4万人も収容できる規模だったとか。いや、ここに4万人も座って観戦していたかと想像すると、ちょっと凄い。結構ぎゅうぎゅう詰めよね。
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このスタジアムは紀元前4世紀に作られた3代目。だから、ここがオリンピック発祥の地というのは正確には誤りだが、1代目と2代目もこのオリンピア遺跡の中にあったとのことだからそんなに離れてもいない。3回も作り直したのは、観客が増えたからだとか。当時の観客は後ろの山の方からここへ入ってきたそうだ。ちょうどめぎたちが前日夕方に見下ろした場所の辺りからだわね。左上のガードレール、見えるかな。
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古代オリンピックは確認されただけでも紀元前8世紀頃から紀元後4世紀まで、4年ごとに1200年も続いた競技会だったのだとか。競技は5日間だけだったらしいが、戦争の絶えなかった古代ギリシャ・ローマ時代に競技者の認定までの合同練習期間なども含め開催前後3ヶ月間も停戦し、それが1200年一度も途切れることなく続いたのだというから、もしかしたら昔の人たちの方がきちんと節度を持っていたのかななどと思ってしまう。しかし、4世紀にキリスト教が国教となって、ギリシャの神ゼウスへの奉納試合であった競技会は廃止、その後ギリシャ神話の神々の神殿が異教神殿として取り壊された。遺跡がこれほどバラバラに壊れ、神々の顔などが剥がされているのはその所為だ。今の過激な人たちとやっていることは同じだわね。さらに6世紀頃の大地震でオリンピアは埋没。発掘されたのは1875年のこと。

このスタジアムは2004年のアテネオリンピックの折に砲丸投げの会場として使われたそうで、それでこんなに綺麗に整地されているのだろうと思う。ちなみにそのとき、遺跡を傷つけないように観客席も電光掲示板も照明灯も作られないままだったという話だが、2004年もこの緑の上に観客たちが座って観戦したということなのかしら。それもまた凄いわねえ。

古代オリンピックがあった頃にもここにこんな花が咲いていたのかな。
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雨に打たれてちょっと重たげな赤い花、可愛い。
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芥子かな?
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石がこんなに風化していく2千年以上もの間、花は毎年毎年新しく生まれ変わってきたのよね。
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当時の観客はここでピクニックしながら観戦したのかしら。物売りとかもいたのかしら。ワイン飲みながら大騒ぎしたのかしら。それともアルコールは競技が終わるまで御法度だったりしたのかしら・・・色々空想が膨らむ。
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テレビもインターネットも雑誌もマンガも、一般の人々には本も無かったであろう古代の当時、しかも戦争の絶えなかった当時、競技会はきっと人々にとって4年に1度の大々的なお祭りで、どれほど楽しくワクワクしながら観戦したことだろう。きっと今の観光客どころではない数の人々がここに一度に集まり、競技に燃えたんだろうな。遺跡の中には宿泊施設の跡もあるし、神々への供犠のあとは肉の配分もあったという。そんな話を聞くと、当時の人々の高揚や競技会の躍動感が甦ってくるようだ。

そんなことを想像したりしながら結構ゆっくり写真を撮り、大満足でそろそろスタジアムをあとにすることにした。当時は競技者と聖職者と王族などしか通れなかったというこの通路は、ここを通る人の心を高揚させるような、何か特別な力を持っているような気がした。
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誰にも邪魔されず、めぎ家二人だけでこのスタジアムを独占することができた幸せは一生忘れないだろう。さようなら。素敵な時間をありがとう。
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通路の石の上に生えていた植物。
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V3と望遠レンズでも撮影。
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そして、現実の世界へ・・・と言ってもあちらも遺跡だけど、でも、本当にそんな感じがしたのだった。
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遺跡の話はもうちょっと続く。

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)、Nikon 1 V3 + 30-110mm(F3.8-5.6)
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オリンピア遺跡の石たち [ギリシャ]

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昨日は聖霊降臨祭で祝日だったドイツ。つまり3連休だった。その翌日である火曜日も、学校(小学校から高校まで)はお休み。だから生徒たちと同僚たちは4連休。でも、大学は休みじゃないので、めぎは今日から仕事。時々、大学も州のカレンダーを考慮してくれたらいいのになあと思ったりする。教職員にも子どものいる人がたくさんいるだろうに、そういう人たちが子どもと一緒に休めるように考えるということはないのかしら・・・

さて、現在、3月末~4月初めのギリシャ・ペロポネソス旅行記を連載中。

古代オリンピック競技場を堪能して、今度は神殿などの遺跡のエリアへ。
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ついさっき綺麗だなあと思いつつ足早に素通りしたところを、ゆっくりと撮影。
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V3と望遠レンズでも。
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ここからまたD600で。石たちにはなにやら刻まれている。
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ロープで立ち入りを制限しているところもあるが、野放しのところもたくさんある。だから、相当接近して撮ることができる。
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あの辺りはゼウスの神殿。
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古いドリア式の土台がごろごろ。
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このとき、まだ人がいなかった。これは朝8時45分頃の撮影。左にV3と望遠レンズを下げ、メインでD600と24-70mmレンズで撮影。
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こちらはヘラの神殿。ヘラというのはゼウスの后。
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ここは、あのオリンピックの聖火の採火が行われるところ。
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あの白い服を纏ったギリシャ女性たち(巫女かしら)がここで採火するのね。
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その向こうには、いかにもギリシャ神殿の遺跡という感じのフィリペイオンというところが見える。
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フィリポス二世というマケドニア王が戦争勝利記念に建てたのでフィリペイオンという。
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土台の部分は修復したみたいね。
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紀元前4世紀の建物だが、ギリシャ神殿的には新しいもので、イオニア式。ここから3枚はV3と望遠レンズで撮影。
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望遠、持ってきてよかったなあ。上の方がハッキリ見える。これ、その昔どうやって積み上げたのかなあ・・・
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・・・などと思っていたら、なにやら声が。おおお~!
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↑これは高校生くらいのアメリカ人の団体さん。若者たちの声はまあ賑やかなこと。修学旅行かしら・・・話していた英語がアメリカ訛りだったのだが、アメリカからギリシャに修学旅行って凄いなあ。

ここからまたD600で。向こうからもぞろぞろぞろぞろ。来た来た~~
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一気にまわりががやがやと騒がしくなり、うちのドイツ人は、時間だ、行くぞ!はーい・・・
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そして、入り口に戻ってきた。
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ここにも修学旅行っぽい団体さん。
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あ、昨日タベルナ(大衆食堂)で隣に座ったフランス人カップルだわ~その向こうには賑やかなアジアの団体さん。
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ぞろぞろぞろぞろ。この人たちと逆行していくめぎたち。
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みなさん、いってらっしゃーい♪ このとき9時4分。
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こうして約1時間のオリンピア遺跡巡りを終えた。人気がなかったのはそのうち50分くらい。なんて素晴らしい充実した時間だったことかしら。ちなみに、遺跡の全てを見た訳ではない。実は半分くらい見ていないのだが、見たいものを絞り、それに時間をかけて全身で「感じる」ことを優先しているため、満足感もあれば、充足感でドッと疲れも。これ以上何かを見てももう感じることができないという満腹感だった。

感動でハイテンションのめぎたちは、この誰もいない帰り道をほとんどスキップするかの如く歩いて戻った。
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新緑が美しかったな~
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駐車場に並ぶバスたち。いやあ、これに先駆けたと思うと嬉しい。
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以上、オリンピアの話はこれでお仕舞い。この後めぎたちはスパルタに向かった。ギリシャの話はまだ3分の1くらいしか終わっていないが、残りはまたそのうちに再開することとし、明日からはまたしばらくドイツの日常のお話を。

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)、Nikon 1 V3 + 30-110mm(F3.8-5.6)
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2015年春のギリシャにて [ギリシャ]

今日から思い切って2015年春のギリシャ・ペロポネソス半島の旅の話を始めようと思う。コリントスとオリンピアの話をしたところで途切れてしまい、それからもう3年も経ってしまったが、埋もれさせてしまうのは勿体無いなあと。

とは言えあまりにも前のことなので観光地のことだけを載せてさっさと終わらそうかとも思ったのだが、写真を見ていたらなんだか自分でも懐かしく面白くなってきて、結局移動のことなども載せることにした。今日の話は、オリンピアからスパルタへ向かう道中のこと。
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途中でこんな羊さんたちを追い抜き・・・
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海に出た。
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これはイオニア海。
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ギリシャ文字で書かれた標識。ギリシャ入りする前に標識を読むためギリシャ文字を覚えておいたので、あっちだよ~と指示が出せる。地図を見つつナビをするのはめぎの役目。まあうちのドイツ人も予め地図を見てだいたいの方向をざっと覚えているけどね。
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途中でガソリン補給。
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ギリシャ文字の解読が楽しかった。
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しばらくはこんな道を走り・・・
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時折現れるザ・ギリシャな景色におお~と声あげつつ・・・(遺跡を見るとこういうのはずいぶん新しいとわかるのだが、パッと見ると古そうよね)
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しばらくアウトバーンに。
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つづく

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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カラマタという町から山道へ [ギリシャ]

現在、2015年春のギリシャ・ペロポネソスの話を連載中。

オリンピアから海に出て、そこからアウトバーンで一気に南下してカラマタという海辺の町の辺りにやってきた。
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こんなところに車を停めてもらって、ちょっと撮影。
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結構大きな街だわね。
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巨大なサボテンがあった。
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しばらく走って、再び振り返る。
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そこから岩山の間をうねうねと。
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時折小さな村をかすめる。
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しばらく走り、ちょっと休憩してかすめてきた村を上から眺める。
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こんなところだった。
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鮮やかな黄色の花が眩しく感じた。
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あ、やっとスパルタという文字が。あと29キロ。
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撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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タイゲトス山脈を越える [ギリシャ]

現在、2015年春のギリシャ・ペロポネソスの話を連載中。

3年前の写真を見ながら地図でいろいろ確認し、どこをどう走ってきたのかを振り返りつつこのブログを書いている。もうすっかり忘れてしまっていることばかりで、写真を見てああここここ、でもどこだっけ?と振り返ると、再び旅をしているようで結構楽しい。
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ペロポネソス半島の西の端っこにあるオリンピアから南のスパルタまでの間にはタイゲトス山脈が横たわる。オリンピアからちょっと西へ海(イオニア海キパリシア湾)に出てそこからアウトバーンで南のカラマタという海沿いの街(海に大きな船のあったところ)まで移動し、そこから東へスパルタまで移動し始めたところまでが昨日までご紹介したお話。地図はWikipediaから。
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いよいよタイゲトス山脈越え。
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ヤギさんたちに遭遇。
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危ないですよ~~メェ~~~~
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春の旅では山に雪が。あ、城壁の跡みたいなものも。
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かなり切り立った崖と言うか、よくこんなところに車道を切り開いたなあという感じ。
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相当にスリリング。
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やっと峠を越えたかしら。
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あともう一息。
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撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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スパルタ遺跡 [ギリシャ]

現在、2015年春のギリシャ・ペロポネソスの話を連載中。

ようやくタイゲトス山脈を越え・・・
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スパルタまであと3キロ。
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スパルタの現在の名前はスパルティ。1834年にスパルタ遺跡の直ぐそばに新しく作られた町である。古代ポリスのスパルタの近くに中世にミストラスという街が作られ、この辺りの中心地は13世紀以降スパルタではなくそのミストラスだったのだが、19世紀にオスマン・トルコに破壊され、その後ミストラスのほうが放置され、スパルタ遺跡の近くに新しくスパルティが建設されたのだという。
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めぎたちはその新しい街の方には用はなく、遺跡の方へ直行。でも、遺跡があるらしいところにはちゃんとした駐車場もなく、こんなオリーブ畑のようなところに停めて歩いていく。
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すると、遺跡発掘中?みたいな雰囲気が。
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それっぽい石も現れた。
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時々金網があるのだが、出入り自由という感じ。
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遺跡の向こうには新しいスパルティの街、その向こうには今越えてきたタイゲトス山脈。うーん、あの雲が邪魔だなあ・・・
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遺跡を直ぐ側で見られるのは楽しかった。
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だって、これがあのスパルタ教育のスパルタの場所なんだものねえ。本物のスパルタ教育は、日本の受験教育なんて全然たいしたことないわね、という凄まじいもの。説明はこちらをどうぞ。
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つづく

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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スパルタの劇場跡など [ギリシャ]

現在、2015年春のギリシャ・ペロポネソスの話を連載中。

ここはスパルタ古代劇場跡。向こうに見えるのが現代のスパルティという町で、その向こうにはタイゲトス山脈。
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遺跡ってロマンを感じるわねえ。
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この植物は遺跡の頃からずっとここに繰り返し芽を出し続けてきたのかな、などと思うとホントロマンを感じる。
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スパルティという街は人口1万8千人くらい。スパルタ遺跡の直ぐ側にあるのに、ここを拠点に観光するところは5キロほど離れたミストラスの中世の城壁の方で(そちらの方は世界遺産)、スパルタ遺跡は世界遺産でもなく観光客もほとんどいなかった。
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古代劇場跡以外にもアクロポリスとか寺院跡とかもあって、どれが何だったかもうめぎには思い出せないけど、こんなに間近に見ることができる。人もいないので写真も好きなように撮れる。観光地化されてしまう前に、ぜひ。
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これで山頂も見えていたら最高だったのだけど。
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ちょっと待ってみたけど雲は晴れそうになかったので、そろそろここを発つことに。
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このあとここから5キロのミストラスへ。
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撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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ミストラ遺跡 [ギリシャ]

今日からまた2015年春のギリシャ・ペロポネソスの話をどうぞ。

スパルタ遺跡を見た後めぎたちが向かったのは、スパルタから5キロほど離れたミストラ遺跡。
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日本では殆ど知られていないこの遺跡、古代ギリシャ時代のものではなく、中世以降のもの。13世紀に十字軍の要塞として築かれてから、ミストラスという街はビザンチン帝国の一地方として栄え、その後オスマン・トルコやヴェネツィアに支配されている間も大いに栄えたらしい。それが18世紀後半にアルバニアに破壊され、さらに19世紀のギリシャ独立戦争時に徹底的に破壊され、その後ミストラスを再建せず近くのスパルタにスパルティという町を新たに建設することにしたのだとか。ギリシャの歴史としては非常に重要な場所で、今は古代ギリシャのスパルタ遺跡よりもずっと手厚く保護され、世界遺産にも指定されている。まあ古代ギリシャの遺跡はアテネにもミケーネにもオリンピアにもコリントスにもあるわけで、つまりその辺にいっぱいあるので、スパルタ遺跡は特に特別な価値がないのかも知れない。でもめぎたちにとっては中世の遺跡などドイツにもいっぱいあるので、古代ギリシャの遺跡のほうがずっと興味深かった。
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山の中腹に見える改装中の建物は修道院。その向こうに見える平地の街がスパルタ遺跡の近くに新しく建設されたスパルティ。
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さてこのミストラ遺跡だが、このとき15時ちょっと前だったのだけど、既に開館時間を過ぎていた。この頃ギリシャは財政難でEUからの借金を返済しないと言い出してもめていた頃で、その所為かどうかわからないがあちこちの遺跡が見学時間を午前中だけに設定していた。係員に賃金を支払えないからだと聞いたのだが、そんなわけでこの遺跡には入れなかった。
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で、入口付近の石垣の辺りで雰囲気を。
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下を見下ろすと、オリーブ畑のようなところからなにやら煙が。
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野焼き?
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崖や石垣から生える植物にロマンを感じた。
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駐車場・・・というのはこんな広場だったのだが・・・に、黒猫たちがいた。
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撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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ミストラスの宿 [ギリシャ]

現在、2015年春のギリシャ・ペロポネソスの話を連載中。

スパルタから5キロほど離れた世界遺産ミストラ遺跡から、ちらりとミストラスの集落が見えた。
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見えていたのはこれだと思う。
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現在ミストラスはスパルティの行政区の一つとなっていて、独立した町ではない。このミストラスは街というより集落というか村のようなところで、人口も500人に満たない。ここがめぎたちが宿泊した宿。
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泊まった部屋。広々~♪
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キッチンがついているが、コンロはなかった。まああっても自炊するつもりはなかったけれど。
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小さなバルコニーがついていた。この頃うちのドイツ人はまだ喫煙していたんだったわ・・・
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下にデンマークの旗のついたバイクがあった。デンマーク人がツーリングしてここまで来たってことかしら・・・すごい距離だなあ。
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この日お昼を食べそこねていてちょっとお腹が空いたので、下の左に見えるところに行ってみることにした。それにしても、向かいのベンチに座っている人、すごい大きいなあ・・・
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1階に降りてみると、デンマーク人のおじさんたち(50代くらいの人たち)が地図を広げて次の日にどこへ行くか議論していた。
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めぎたちはこんなのをふたりで半分こしてまったりと過ごした。
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撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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ミストラス散歩 [ギリシャ]

現在、2015年春のギリシャ・ペロポネソスの話を連載中。

ここはミストラス村。
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ちょっと散歩に出かけた。
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古い石造りに素敵な古い入り口。そこからずいぶん高いところに道路。アスファルトがずいぶん厚い。昔の道路はこのずっと下だったということよね。
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トントンとしてみたくなるのをぐっと堪える。
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素朴なところ。
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時々、斬新な色使い。
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情緒ある佇まい。
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時折立派な家も。
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時折、空き家も。
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ギリシャの財政はその後どうなったかしら。このとき、途中まで作ってそのまま放置したらしい建物がよく目についた。
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桃の花か桜の花かよくわからないのだけど、綺麗に咲いていた。
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撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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ギリシャでの夕食 [ギリシャ]

現在、2015年春のギリシャ・ペロポネソスの話を連載中。

スパルタ遺跡近くのミストラス村の宿はレストラン併設で、夕食はそこで頂いた。まずはハウスワインを。このシンプルなハウスワインがとっても美味しい。
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食事はアラカルトで適当に。これはギリシャのサラダ。
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うちのドイツ人の好きなギリシャの前菜。
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メインはこんな串焼きと・・・
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こんなお肉。もうこれが何だったのか思い出せない。美味しかったけど、さすがに量が多すぎた。白いのはジャガイモ。
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他のテーブルには宿泊客たち。デンマークのおじさんたちと、アメリカからの家族連れ。
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最後にコーヒーとメタクサというギリシャのブランデーを頼んだら、オレンジがサービスで出された。
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食事と飲み物のこれ全部2人分で40ユーロ(5千円程度)。ドイツよりずっと安い。

食後はちょっと外へ。ちょっとブレちゃったけど。
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なぜ外へ出たかと言えば、この頃まだ喫煙していたうちのドイツ人が食後の一服をするから。このひととき、ちょっと懐かしい。(うちのドイツ人がタバコをやめてからもう1年4ヶ月。たまに吸いたくなることが今でもあるそうだが、吸わずに留まっている。)
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撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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ミストラスの朝 [ギリシャ]

現在、2015年春のギリシャ・ペロポネソスの話を連載中。

スパルタ遺跡の近くのミストラスという村で一夜を過ごし、朝が来た。
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前の晩に夕食を食べた場所にも朝日が差し込んでいた。
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朝食のオレンジジュースをいただき始めたところで・・・
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何やら外が騒がしいなと思って見てみたら、スクールバスが来ていた。このバスには中学・高校生くらいの子どもたちが乗り込んでいった。
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見ると、小学生くらいの子どもたちも集まり始めている。
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可愛い~~日常風景ってこのことね。
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朝の何気ない雰囲気がとても心地よかった。
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そのまま次のスクールバスが来るまで見ていたかったが、朝食が運ばれてきてしまったので断念。
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その後、チェックインする前にちょっと下を見ていたら、あの大きなお腹の人がお掃除していた。
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それからレンタカーで次の目的地へ。途中でちょっと車を停めてもらって、振り返ってさようなら。
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スパルタとミストラス、楽しかった。

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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ペロポネソス半島の車窓から [ギリシャ]

今日からまたぼちぼちと2015年春のギリシャ・ペロポネソス半島の旅行記を。

どんな旅だったかと言うと、その年のイースター休暇を利用して4泊5日でレンタカーでペロポネソス半島を回ったもの。3月末にデュッセルドルフからアテネへ飛び、アテネを見ずにそのままコリントスへ(1泊)、そこからオリンピアへ(1泊)、そこからスパルタとその隣町のミストラスへ(1泊)。ここまで書いたところで、今日からは4日目の話に入る。

4日目の朝、ペロポネソス半島南部のミストラスからまっすぐ北へ。
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↑道路に野犬!野犬が要るか否かはその国の状態を知る上で結構重要なポイント。ギリシャ、EUと言えどもドイツやフランスとはかなり違う。
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山間を走り、時折こんなふうに開けたところも。
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桜が綺麗で、ちょっと一休み。
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これは4月1日の撮影で、ギリシャと言えども春はそんなに暖かくないことがわかる。
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こんな祠(というのかしら?)が。ギリシャには道端にこういうのがよくあった。
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そこからしばらくして、トリポリという町のところからアウトバーンがある。まだアテネにもコリントスにも戻らないけど、一部そのアウトバーンを使ってサクッと移動。
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ギリシャのアウトバーンには立派な電灯があった(ドイツのアウトバーンには電灯がない)。
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アウトバーンから見えた景色。
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そして、4日目最初の目的地に到着。
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つづく

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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ミケーネ遺跡 [ギリシャ]

現在、2015年春のギリシャ・ペロポネソス半島の旅の話を連載中。

旅の4日目、たどり着いたのはミケーネ文明の遺跡。
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到着したのは10時で、既に人がいっぱいいて、あのオリンピアの朝のようなマジックアワーは過ぎていて、うーんどうしようか・・・とも思ったけど、せっかく見ようと思ってここまで来たので入ることにした。
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入り口の獅子の門。
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月並みだけど、昔の人はこんな石をどうやってこうして組み立てたのかしらねえ・・・凄いわねえ。
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これは墓地らしい。
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こういう紀元前16世紀~12世紀の遺跡を見ると、ギリシャにいっぱいある中世の遺跡なんてホントつまらなくなってしまう。
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シュリーマンの発掘した遺跡のうち、トロイヤはトルコにある。いつか行ってみたいなあ。ギリシャのここはすっかり観光地化されていた。実は周りにいっぱい人がいるのだけど、それでもこうして石のすぐ近くに来て触れることもできるようになっていた。
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でも、もう日も高くて強すぎて、写真もイマイチだわね。
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いい天気で気持ちよかったけどね。
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しばらくつづく。
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撮影: D600 + 70-200mm(F2.8)
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ミケーネ遺跡の頂上 [ギリシャ]

現在、2015年春のギリシャ・ペロポネソス半島の旅の話を連載中。

ミケーネ遺跡をずっと上っていくと、こんな高いところに出る。これが多分王宮のあった辺り。
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↑ここ、麓からはこんなふうに見えていた。
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その奥には更に山々が続く。
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ここに何があったのかなあ、ここにいた人たちはどんな事を考えながらここに暮らしていたのかなあ・・・
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丸い石が印象に残った。
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当時もこんなに緑多い景色だったのかしら。
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遺跡の一番奥に、貯水池があった。ロープがあったけど、落ちそう・・・
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その直ぐ側に、秘密の貯水場への入り口も。
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ちょっと入っていってみたが、真っ暗なのでフラッシュを焚き、残念な写真になった。
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その近くに門があった。
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門を出ると・・・
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城壁の外。
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ぐるりと遺跡を取り囲む城壁に、人の時間の儚さを感じた。
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つづく。

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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遺跡に生えていた植物たち [ギリシャ]

現在、2015年春のギリシャ・ペロポネソス半島の旅の話を連載中。

ここはミケーネ遺跡。遺跡には様々な植物が美しく育っていた。
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花も咲いていたし、いくつか樹木も見かけた。
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木々は蕾を膨らましていたが・・・
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残念ながらあともうちょっと。
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これって・・・
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いちじく?
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あちこちに健気に咲く花々が可愛かった。
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ミケーネ遺跡での話はもう一回。
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撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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人のいっぱいいたミケーネ遺跡 [ギリシャ]

現在、2015年春のギリシャ・ペロポネソス半島の旅の話を連載中。

ここ数日ご紹介してきたミケーネ遺跡には、実は人がたくさんいた。
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どこを撮っても人が入るのがなかなか避けられない。
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何しろこんなにバスも止まっているしね。
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何故か若者が多かった。修学旅行生も多かった。
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こうして見ると、若者たちっておおらかなものだ・・・
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なんか自由だよな~
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ここは世界遺産である。それでいてこのおおらかさ。

遺跡を思い思いに楽しむ様子が印象に残った。
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ただ、こんなに人が多いと、例えばこの石の向こうに何かがいるような、そんな気は全くしない。それがちょっと物足りなかった。
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そんなわけで、早朝のオリンピア遺跡ほどのインパクトなく見学を終えた。
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さて、付け足しだが、これはミケーネ遺跡の近くにいた半ノラさん。犬小屋はあるが、飼い主がいるようではなかった。遺跡で飼われているのかも知れないが。遺跡の番犬?
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遺跡を見た後11時を過ぎ、近くにたくさん並んでいたレストランの一つに適当に入ってちょっと早いけどお昼にしたのだが・・・
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これがもうもうものすごくまずかった。どうしてこんなにまずくできるのかわからないほどまずかった。観光地の残念なところである。
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ギリシャ旅行の話はあと4ヵ所。うーん、あと20回くらいかしらねえ。でもその前に、先週末の小さな一泊旅行の話をするつもり。

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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