バイロイトの夜 [2021年夏 バイロイト・ザルツブルク音楽祭]
現在、2021年のバイロイト音楽祭の話を連載中。今日は「さまよえるオランダ人」の日の夜のお話。
終わったのは20時20分頃で、カーテンコールを終えて(と言うか最後まではいないでカーテンコールの途中で出たのだが)、これは20時33分の撮影。
宿まで歩いて20分ほどなのだが、これはそのすぐ近くのレストラン。まずはビールで乾杯。20時55分。
料理が来る頃(21時20分過ぎ)には暗くなった。バイロイトはデュッセルドルフより南東だというのもあるが、ひところよりずいぶん暗くなってきたなあという印象。頼んだのはガッツリドイツ食。これはうちのドイツ人の頼んだもので、料理の名前は忘れたが、このジャガイモ団子がモチモチで絶品。お肉も一口もらったが、見た目より味が濃く無くて美味しかった。
めぎのは仔牛ひれステーキだったが、この手打ちパスタを食べきるには肉にかかっているソースが足りないし、多すぎて食べ残し。でも、肉は柔らかくて美味しかった。
この他にサラダがあったが写していない。写したのは2杯目のビール。
周りの席の人たちもみんな同じオペラ帰りで、それぞれその日のオペラの話をしながらゆっくり食事を楽しみ、外で食べられる程度には暖かく、気持ちのいい夜だった。ただ、バイロイトは、いつも行っていたレストランも昼に食べに行ったことのある肉屋さんも潰れてしまっていたなど、コロナの影響が大きく影を落としていた。バイロイトはバイロイト音楽祭しかなく、ザルツブルクと違って観光地ではないので、去年音楽祭が中止になった影響をもろに受けたのだろう。夏の一か月のオペラファンはもちろん、たしか4月からリハーサルや準備が始まるらしいのだが、去年は世界中から集まる美術や大道具の人や音楽家たちが全く来られなかったのだから。
ね、ワーグナーさん、この先バイロイトは、バイロイト音楽祭はどうなるかしらねぇ…
終わったのは20時20分頃で、カーテンコールを終えて(と言うか最後まではいないでカーテンコールの途中で出たのだが)、これは20時33分の撮影。
宿まで歩いて20分ほどなのだが、これはそのすぐ近くのレストラン。まずはビールで乾杯。20時55分。
料理が来る頃(21時20分過ぎ)には暗くなった。バイロイトはデュッセルドルフより南東だというのもあるが、ひところよりずいぶん暗くなってきたなあという印象。頼んだのはガッツリドイツ食。これはうちのドイツ人の頼んだもので、料理の名前は忘れたが、このジャガイモ団子がモチモチで絶品。お肉も一口もらったが、見た目より味が濃く無くて美味しかった。
めぎのは仔牛ひれステーキだったが、この手打ちパスタを食べきるには肉にかかっているソースが足りないし、多すぎて食べ残し。でも、肉は柔らかくて美味しかった。
この他にサラダがあったが写していない。写したのは2杯目のビール。
周りの席の人たちもみんな同じオペラ帰りで、それぞれその日のオペラの話をしながらゆっくり食事を楽しみ、外で食べられる程度には暖かく、気持ちのいい夜だった。ただ、バイロイトは、いつも行っていたレストランも昼に食べに行ったことのある肉屋さんも潰れてしまっていたなど、コロナの影響が大きく影を落としていた。バイロイトはバイロイト音楽祭しかなく、ザルツブルクと違って観光地ではないので、去年音楽祭が中止になった影響をもろに受けたのだろう。夏の一か月のオペラファンはもちろん、たしか4月からリハーサルや準備が始まるらしいのだが、去年は世界中から集まる美術や大道具の人や音楽家たちが全く来られなかったのだから。
ね、ワーグナーさん、この先バイロイトは、バイロイト音楽祭はどうなるかしらねぇ…
ニュルンベルクのマイスタージンガー [2021年夏 バイロイト・ザルツブルク音楽祭]
現在、2021年の音楽祭の話を連載中。今日はバイロイト音楽祭の3つめの演目「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のお話を。
「マイスタージンガー」というのはドイツの14~16世紀の職匠歌人のことである。ドイツには12世紀ごろから騎士階級の間でミンネザングという愛の歌の嗜みがあり(源氏物語の頃の貴族の短歌の嗜みと似てるわね)、ミンネザングのシンガーソングライターをミンネゼンガーと呼んだのだが、それに対しドイツ諸都市の靴屋,仕立屋,織匠,金細工師等が組合を組織して芸術活動も担い、作詞・作曲・歌の活動もマイスター制度とし、そのシンガーソングライターをマイスタージンガー(職匠歌人)と呼んだのである。
先日書いたタンホイザーは騎士の歌合戦を題材にしたものだが、マイスタージンガーは靴職人とか金細工師とかのマイスターが歌のマイスターでもあって、修行をした弟子がマイスターになるべく歌合戦をする。と言ってもオペラでは、修行した弟子たちの歌合戦ではなく、そこに騎士のヴァルターという青年が金細工師マイスターの娘に恋して彼女の夫を決める歌合戦にほぼ飛び入り参加し、修行を重ね作法を重んじるばかりの伝統に対し、感性に基づいた歌詞をマイスターの歌の規則に当てはめたヴァルターが優勝し、それを後押しした靴職人マイスターのハンス・ザックスがドイツ芸術を讃えるというストーリーになっている。そこには反ユダヤ主義とかナチスの利用とか色々な問題が絡み、説明するととんでもなく長くなるので興味のある方はこちらをどうぞ。
さて、この日の午前中は雨で、めぎたちはどこにもでかけずホテルの部屋でゆっくりしてオペラに備えていた。というのも「マイスタージンガー」は長いのだ。16時に始まって、2回のそれぞれ1時間ずつの休憩をはさみ終演予定は22時半である。例によってワクチン接種完了証明など登録チェックインを15時までに済ませなければならないので、その前から行く必要があり、足かけ8時間の長丁場。午後には晴れたがまた雨になるかもしれない予報だったので、この日めぎたちはホテルから車で現地入り。そうすれば休憩時間中に雨が降っても車に避難できるし(バイロイトは休憩中に建物から追い出され、中にいられないので)。5ユーロの駐車場代を払い、そのすぐそばのテントで登録チェックインをし、緑の公演の中でのんびりして、やっと開幕15分前。あ、あのお一人の女性、日本人かも知れないな。
開演前のファンファーレ。
一幕目は、ニュルンベルクの舞台がバイロイトのワーグナーの邸宅に配置換えになっていて、ワーグナーと友人たちが劇をやっているという設定。ワーグナーが靴職人ハンス・ザックスと若き騎士ヴァルターの二役、リストは金細工師、ワーグナーのオペラの指揮をしたことがあるユダヤ人指揮者のヘルマン・レーヴィがベックメッサー…という風にキャスティングされていた。今回の演出による読み替えの内容は、こちらの後半に日本語で書かれているのでどうぞ。残念だったのは、ベックメッサー役のヨハネス・マルティン・クレンツレという歌手が急病で代役になってしまったことだが、その代役の人も嘲笑の的という役回りをうまくやっていて満足できた。これは2017年の映像。ちょうど写っている髭を生やした人がクレンツレ。
さて、一幕目を無事に終え、一息。めぎたちは長丁場な今後に備え、屋台のソーセージを食べてみた。ぷりぷりの粗挽きソーセージでとても美味しい。
この右側の奥の芝生に座っているブロンドの女性…
写真ではよく見えないけどとっても素敵なゴージャスなドレスで、でも芝生にそのまま座って、屋台のパスタを一人で食べていた。気になってこうして撮ったのだけど、よく見たら、手前の男性の口…じゃなくて…靴にオーストリアの国旗。凄いナショナリストなのね。
さて、そろそろまた15分前。
一幕目のあとの休憩の終わりのファンファーレ。
続きは明日。
「マイスタージンガー」というのはドイツの14~16世紀の職匠歌人のことである。ドイツには12世紀ごろから騎士階級の間でミンネザングという愛の歌の嗜みがあり(源氏物語の頃の貴族の短歌の嗜みと似てるわね)、ミンネザングのシンガーソングライターをミンネゼンガーと呼んだのだが、それに対しドイツ諸都市の靴屋,仕立屋,織匠,金細工師等が組合を組織して芸術活動も担い、作詞・作曲・歌の活動もマイスター制度とし、そのシンガーソングライターをマイスタージンガー(職匠歌人)と呼んだのである。
先日書いたタンホイザーは騎士の歌合戦を題材にしたものだが、マイスタージンガーは靴職人とか金細工師とかのマイスターが歌のマイスターでもあって、修行をした弟子がマイスターになるべく歌合戦をする。と言ってもオペラでは、修行した弟子たちの歌合戦ではなく、そこに騎士のヴァルターという青年が金細工師マイスターの娘に恋して彼女の夫を決める歌合戦にほぼ飛び入り参加し、修行を重ね作法を重んじるばかりの伝統に対し、感性に基づいた歌詞をマイスターの歌の規則に当てはめたヴァルターが優勝し、それを後押しした靴職人マイスターのハンス・ザックスがドイツ芸術を讃えるというストーリーになっている。そこには反ユダヤ主義とかナチスの利用とか色々な問題が絡み、説明するととんでもなく長くなるので興味のある方はこちらをどうぞ。
さて、この日の午前中は雨で、めぎたちはどこにもでかけずホテルの部屋でゆっくりしてオペラに備えていた。というのも「マイスタージンガー」は長いのだ。16時に始まって、2回のそれぞれ1時間ずつの休憩をはさみ終演予定は22時半である。例によってワクチン接種完了証明など登録チェックインを15時までに済ませなければならないので、その前から行く必要があり、足かけ8時間の長丁場。午後には晴れたがまた雨になるかもしれない予報だったので、この日めぎたちはホテルから車で現地入り。そうすれば休憩時間中に雨が降っても車に避難できるし(バイロイトは休憩中に建物から追い出され、中にいられないので)。5ユーロの駐車場代を払い、そのすぐそばのテントで登録チェックインをし、緑の公演の中でのんびりして、やっと開幕15分前。あ、あのお一人の女性、日本人かも知れないな。
開演前のファンファーレ。
一幕目は、ニュルンベルクの舞台がバイロイトのワーグナーの邸宅に配置換えになっていて、ワーグナーと友人たちが劇をやっているという設定。ワーグナーが靴職人ハンス・ザックスと若き騎士ヴァルターの二役、リストは金細工師、ワーグナーのオペラの指揮をしたことがあるユダヤ人指揮者のヘルマン・レーヴィがベックメッサー…という風にキャスティングされていた。今回の演出による読み替えの内容は、こちらの後半に日本語で書かれているのでどうぞ。残念だったのは、ベックメッサー役のヨハネス・マルティン・クレンツレという歌手が急病で代役になってしまったことだが、その代役の人も嘲笑の的という役回りをうまくやっていて満足できた。これは2017年の映像。ちょうど写っている髭を生やした人がクレンツレ。
さて、一幕目を無事に終え、一息。めぎたちは長丁場な今後に備え、屋台のソーセージを食べてみた。ぷりぷりの粗挽きソーセージでとても美味しい。
この右側の奥の芝生に座っているブロンドの女性…
写真ではよく見えないけどとっても素敵なゴージャスなドレスで、でも芝生にそのまま座って、屋台のパスタを一人で食べていた。気になってこうして撮ったのだけど、よく見たら、手前の男性の
さて、そろそろまた15分前。
一幕目のあとの休憩の終わりのファンファーレ。
続きは明日。
マイスタージンガーの日のこと [2021年夏 バイロイト・ザルツブルク音楽祭]
現在、2021年の音楽祭の話を連載中。今日は昨日に引き続き、バイロイト音楽祭の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の日のこと。
ちょうど二幕目が終わって外に出たときに雨が降ってきた。とりあえず外のトイレへ駆け込み、ちょっとDVDの売店を覗いていたら、にわか雨が上がり、めぎたちはベンチへ。ベンチも木の下で濡れていなくて無事に座れた。
また雨になったらと思うのか公園に来る人もあまりなく、静かに演出についてあれこれ議論することができた。
二幕目の舞台はワーグナーの邸宅の外のようでもありニュルンベルク裁判の場所のようでもあるのだが、ヴィラの調度品がガラクタになって積みあがっていて、芸術の退廃なのかワーグナー総合芸術へのアンチテーゼなのかワーグナーも裁判にかけられるべきということなのか、なんらかの意図があるのだろう(その場面、昨日の映像を見ると2017年初演当時は芝生になっていて、ヴィラの調度品はなかったので、意図して何かを表現するために変えたと思われる)。ただ、そこの光の当たり具合がどうもイマイチで、外の庭なのか部屋の中なのかがよく分からなかった。それもまた意図なのかもしれないが。ここに出てくるベックメッサーがあまりにも滑稽で、めぎは可哀想に感じてしまった。ワーグナーさん、演出家さん、いくらなんでもそこまで滑稽化して辱めることないんじゃない?と。
でも、それこそが舞台で表現したかったことなのだろうな。反ユダヤと絡め、外国人への恐怖とか排斥とか。この滑稽化に必要以上に心が痛むのは、めぎが外国人として外国に生きているからかもしれない。めぎもここでは「滑稽な外国人」の一人なのだもの。日本人が世界で排斥されずに済んでいるのは、歴史的に考えれば紙一重の幸運なのだ。舞台シーンの写真はこちらにある。写真ではどれも素敵に見えるけどね。
さて、今回のめぎたちのバイロイト最後の幕へ戻りましょ。美しい公園、さようなら。
二幕目のあとの休憩の終わりのファンファーレ。
三幕目の舞台はまさにニュルンベルク裁判の場所で、それは解釈としてはよく分かるし良いけれど、どうして一幕目のバイロイトのワーグナーのヴィラからそこへ飛ばなければならなかったのか、その意図がめぎには測りかねた。そのこと、こちらの批評で、演出家のアイディアが尽きたのだろうと書かれている!でも、ホントそうかも…最後のハンス・ザックスのドイツ芸術賛歌も、やっぱり胡散臭すぎる。
でも、ここに来て、この目で見て、この耳で聞いて、よかったわ。この日の席は、また天井桟敷だけど一番前で、80ユーロ。下の平土間は格子状にディスタンスを取っているだけだが、桟敷席は一列おきになっていて、コロナ的にもより安心で舞台に集中できた。
先日も書いたように、舞台上でもコロナ対策で、この合唱の人たちは実際には舞台には出てきてなく、別室で歌ってスピーカーで流された。結構うまく機能していたが、色々と苦労もあったことだろうな。お疲れ様…
この日はこのカーテンコール、スマホでそれなりにうまく撮れたわ…
めぎたちはカーテンコールを最後までは見ずにここまででお暇した。そしてまだ混んでいない駐車場からサクッと車を出してホテルに戻り、前日と同じレストランへ。真っ暗だけど、まずはこの地方の地ビールで乾杯し…
レバー団子スープを一つだけ頼んで半分こし…
うちのドイツ人は何か肉料理とあの美味しいジャガイモ団子を食べていたけど、めぎはあっさりと牛のカルパッチョにした。
以上でバイロイト音楽祭の話はお仕舞。次はザルツブルクへ。
ちょうど二幕目が終わって外に出たときに雨が降ってきた。とりあえず外のトイレへ駆け込み、ちょっとDVDの売店を覗いていたら、にわか雨が上がり、めぎたちはベンチへ。ベンチも木の下で濡れていなくて無事に座れた。
また雨になったらと思うのか公園に来る人もあまりなく、静かに演出についてあれこれ議論することができた。
二幕目の舞台はワーグナーの邸宅の外のようでもありニュルンベルク裁判の場所のようでもあるのだが、ヴィラの調度品がガラクタになって積みあがっていて、芸術の退廃なのかワーグナー総合芸術へのアンチテーゼなのかワーグナーも裁判にかけられるべきということなのか、なんらかの意図があるのだろう(その場面、昨日の映像を見ると2017年初演当時は芝生になっていて、ヴィラの調度品はなかったので、意図して何かを表現するために変えたと思われる)。ただ、そこの光の当たり具合がどうもイマイチで、外の庭なのか部屋の中なのかがよく分からなかった。それもまた意図なのかもしれないが。ここに出てくるベックメッサーがあまりにも滑稽で、めぎは可哀想に感じてしまった。ワーグナーさん、演出家さん、いくらなんでもそこまで滑稽化して辱めることないんじゃない?と。
でも、それこそが舞台で表現したかったことなのだろうな。反ユダヤと絡め、外国人への恐怖とか排斥とか。この滑稽化に必要以上に心が痛むのは、めぎが外国人として外国に生きているからかもしれない。めぎもここでは「滑稽な外国人」の一人なのだもの。日本人が世界で排斥されずに済んでいるのは、歴史的に考えれば紙一重の幸運なのだ。舞台シーンの写真はこちらにある。写真ではどれも素敵に見えるけどね。
さて、今回のめぎたちのバイロイト最後の幕へ戻りましょ。美しい公園、さようなら。
二幕目のあとの休憩の終わりのファンファーレ。
三幕目の舞台はまさにニュルンベルク裁判の場所で、それは解釈としてはよく分かるし良いけれど、どうして一幕目のバイロイトのワーグナーのヴィラからそこへ飛ばなければならなかったのか、その意図がめぎには測りかねた。そのこと、こちらの批評で、演出家のアイディアが尽きたのだろうと書かれている!でも、ホントそうかも…最後のハンス・ザックスのドイツ芸術賛歌も、やっぱり胡散臭すぎる。
でも、ここに来て、この目で見て、この耳で聞いて、よかったわ。この日の席は、また天井桟敷だけど一番前で、80ユーロ。下の平土間は格子状にディスタンスを取っているだけだが、桟敷席は一列おきになっていて、コロナ的にもより安心で舞台に集中できた。
先日も書いたように、舞台上でもコロナ対策で、この合唱の人たちは実際には舞台には出てきてなく、別室で歌ってスピーカーで流された。結構うまく機能していたが、色々と苦労もあったことだろうな。お疲れ様…
この日はこのカーテンコール、スマホでそれなりにうまく撮れたわ…
めぎたちはカーテンコールを最後までは見ずにここまででお暇した。そしてまだ混んでいない駐車場からサクッと車を出してホテルに戻り、前日と同じレストランへ。真っ暗だけど、まずはこの地方の地ビールで乾杯し…
レバー団子スープを一つだけ頼んで半分こし…
うちのドイツ人は何か肉料理とあの美味しいジャガイモ団子を食べていたけど、めぎはあっさりと牛のカルパッチョにした。
以上でバイロイト音楽祭の話はお仕舞。次はザルツブルクへ。