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2021年ザルツブルク音楽祭の「ドン・ジョヴァンニ」 [2021年夏 バイロイト・ザルツブルク音楽祭]

現在、2021年のザルツブルクの話を連載中。今日はまた音楽祭のお話を。

8月4日、めぎたちは「ドン・ジョヴァンニ」を見に行った。これは始まる前のオケ・ピットと観客席。
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あ、あのクラリネット奏者がいる!オケ・ピットを見ると、やはり今回も立って演奏するようだ。
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まず最初に、簡単に「ドン・ジョヴァンニ」について。作曲はモーツァルト、台本はダ・ポンテ、初演は1787年プラハ。2幕もので、1幕約90分ずつで3時間かかる。あらすじは、まず1幕目では、17世紀のスペインの伝説の男ドン・ジョヴァンニは、女を見ればすぐ口説き、ことに至り、そしてすぐに裏切って別の女に声をかけるという毎日を過ごしていて、この日は騎士長の娘ドンナ・アンナをものにしようとしたが、大騒ぎされ、父親が出てきて決闘となり、父親を刺して逃げる。死んだ父親の復讐をドンナ・アンナと彼女の許嫁ドン・オッターヴィオが誓う。一方、ドン・ジョヴァンニが次の女に声を掛けたら、昔振った女性ドンナ・エルヴィラだった。ドン・ジョヴァンニは逃げ出し、おつきのレポレッロが「あなただけじゃないですよ、他に何千人と同じような目に遭った女性がいるんです」と言って慰める。逃げたドン・ジョヴァンニはちょうど結婚式の農民の娘ツェルリーナをものにしようとするが、邪魔が入って失敗する。彼はツェルリーナたちをうちに招き、なんとかまたものにしようと試みるが、仮面をつけて紛れ込んだドンナ・アンナとドン・オッターヴィオとドンナ・エルヴィラに阻止されてしまう。2幕目では、主人に愛想をつかしたレポレッロが出ていこうとするがお金をやって引き留め、ドン・ジョヴァンニは今度はドンナ・エルヴィラの次女に手を出そうとする。そのためレポレッロを自分に変装させてドンナ・エルヴィラを外に連れ出させる。ツェルリーナと花婿とドンナ・アンナたちがレポレッロをドン・ジョヴァンニだと思って復讐しようとするので、レポレッロは正体を明かして逃げ出す。墓地でレポレッロと落ち合ったドン・ジョヴァンニは、騎士長のお墓の石像に「もういいかげんにしろ」と諭されるが、ドン・ジョヴァンニは「うちに食事に来てください」と茶化す。石像は本当に夕食に現れ、ドン・ジョヴァンニに悔い改めるよう諭すが、ドン・ジョヴァンニは拒んで死ぬ。そこに復讐にツェルリーナと花婿とドンナ・アンナとドン・オッターヴィオとドンナ・エルヴィラが現れ、レポレッロから事の次第を聞き、今後どうしようかという話をそれぞれがして終わる。…かなり端折ったのにこんなに長くなってしまったが、この長い話にそれぞれの登場人物の想いの歌がはめ込まれているという感じである。それが一筋縄ではなく、復讐すると言いながら、女性たちはみんな実はドン・ジョヴァンニに惹かれてて、ドン・ジョヴァンニ亡き後は彼無しで平凡なつまらない人生を送るしかない、という幕切れなのだ。

長くなったついでに書き添えると、この「ドン・ジョヴァンニ」はダ・ポンテの3部作の一つだが、あとの2つの「コジ・ファン・トゥッテ」と「フィガロの結婚」と比べると全く違うかなりまじめなテーマを扱ったドラマである(後の2つもそれぞれのテーマを大真面目に扱っているが、罰を受けて人が死ぬ話と比べると軽快な印象を持つ)。ドラマという言葉を使ったが、ロマン派のイタリア・オペラのような、言葉は悪いが愛をテーマに馬鹿な女が自ら招いた悲劇の話を描く陳腐なドラマとは全然違って人としての真価を問うドラマで、それなのに茶目っ気が至る所に散りばめられてて、モーツァルトって凄いな、ホント天才だったんだな、とつくづく感じるのだ。

さて、この「ドン・ジョヴァンニ」だが、オペラを見た感想をどう書こうか、どうまとめようか、この一か月色々考え続けてきたのだが、どうにもこうにもまとまらない。言葉が見つからないというか…。このオペラはめぎにとって今年のハイライトだったし、たぶんここ数年のハイライトにもなるのではないかと思う大きな出会いでもあったのだが、あまりにもハイライト過ぎて太刀打ちできないというか。未だ、一か月経った今も毎日、ここに行ってこれを生で見ることができた幸せを噛み締めていて、日々頭の中で反芻していて、何度見ても何度聞いても何度思い返しても全く飽きない。未だ分からないことだらけでもあるし、しっくりぴったりそうそうそうと思うことだらけでもあるという矛盾した感じで、本当にまとまらないのである。
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ここからしばらくネットの写真を引用する。写真はこちらから。これは今回の舞台。教会なのだが、オペラは、この教会がこのように十字架やら聖像やら信徒の座るベンチやらが全て取り払われる作業から始まった。教会が無になったところで序曲が始まり、何もない空間を牡山羊が通り過ぎていく。この時点で、おおおって感じである。悪魔か生贄かを暗示しているのか、繁殖力、つまりドンジョヴァンニの女癖を暗示しているのか…?
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なぜこの車が落っこちてくるのかと言えば、別に落とす必要はないかもしれないが、最初に殺される騎士長が今で言えばマフィアみたいな地位のものすごくお金持ちのはずで、今の時代ならこういう車に乗っているはずだということであろう。でも、どうしてこんなにバスケットボールが出てこなきゃいけないのかはめぎにはどうにもわからない。
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クルレンツィス指揮のムジカエテルナの演奏は先日のモーツァルト協奏曲と同様に実存を問うような緊張感ある凄い演奏だったし、ロメオ・カステラッチの演出は3年前の「サロメ」と同様に光と色の演出が素晴らしくて3時間以上の長丁場の時間を忘れるほど見入ったし、ドンジョヴァンニ役やレポレッロ役やドンナ・アンナ役の歌手の歌は素晴らしかったし、ドンジョヴァンニの最期のシーンは驚愕的だったし、とにかく凄かった。よかった、というより、凄かった、という方が正しい。
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めぎは今年「ドン・ジョヴァンニ」を見るために、ここ半年大いに予習をしていた。台本を読み、読み、読みまくり、YouTubeで過去の演出の映像を繰り返し繰り返し見た。めぎが好んで見たのはこちらの1954年のザルツブルク音楽祭の映像。フルトヴェングラー指揮である!古い古い映像だけど、ドン・ジョヴァンニのストーリーが忠実に演出されていて、どれか一つだけ見るなら絶対にこれがお勧めだ。ドイツ語字幕なので、英語で見たい方はこちらをどうぞ。



個人的に気に入ったのは、数あるオペラ座での公演ではなくこの1979年の映画風のバージョン。YouTubeのは映像の質を落としてあってしかも途中で終わってしまうので、めぎは結局DVDを買ったのだが、21分10秒ぐらいからのドンジョヴァンニの女歴(イタリアでは640人、ドイツでは231人、フランスでは100人、トルコでは91人、スペインでは1003人)を挙げる歌の演出が面白いし、それ以外の風景もとても綺麗。日本のアマゾンでも売っているようなので、興味のある方はぜひこちらをどうぞ。



で、2021年のはこの映像。日本からでも見られるといいな。残念ながら最初の無音楽で教会を片付けるシーンはカットされてて、その後の序曲から始まっている。女歴を歌うところ(29分ぐらいから)の演出は、コピー機と髪の毛だった。



↑見ていくと、女性の登場人物たちのバックには常に影武者というか深層心理を表しているらしい黒装束の人や裸の人などがいて、その人たちの動きが時にとても興味深い。そうよね、やっぱりそうだったんだよね、口ではそう言ってるけど、やっぱりね~と思わされる。例としては、46分ぐらいのところから、それほどのインパクトはないが有名な音楽の部分だし分かりやすいので良かったらどうぞ。また、1時間14分30秒ぐらいのところからの「シャンパンの歌」と呼ばれている歌のところでは、オケ・ピットが上に上がって来てディスコみたいな演出になっている。モーツァルトが生きていた当時、この音楽でディスコみたいに盛り上がったのかもしれない。

ちなみに今回の記事では3つの映像のリンクを貼っているが、演出や歌い方やオケの演奏の仕方などを各映像比較しながら見るのは非常に興味深い。演出で言えば、2幕目の最初のレポレッロへのお金の渡し方とか、レポレッロの変装とドンナ・エルヴィラの連れ出し方とか、騎士長の石像のシーンとか、ドン・ジョヴァンニの最期とか、見比べるべきところがたくさんある。

2021年の前半では舞台にいろんなものが落ちて来てびっくりする。落ちてこなくてもプードルとかスキー用のいで立ちとかあまりにも的を得過ぎていて面白すぎるものや(このドン・オッターヴィオという男の本質を突いていてその演出にめぎは脱帽)、これは何を現してるのかな~というものが次から次へとあって、あり過ぎで消化不良だという批判もあったが、アイディア不足やせっかくのアイディアを煮詰め切っていない演出が多い昨今、こんなにアイディアがあってやりきっているのって素晴らしいと思う。批判した批評家は、訳が分からなくて批判するしかなかったのではないかとめぎは思っている。心理学に長けてでもいなければ全てなど分かりようもないし、ハリウッド映画じゃあるまいし何でもかんでも種明かしする必要はない。この写真のみこちらから。
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そして、批評家の多くが前半のことしか書いてなかったので、本当に最後まで見たのか!?とめぎは疑問に思うのだが、後半はガラリと趣が変わり、光と色の演出となる。そこに150人のザルツブルクの女性スタントマンが現れ、それはそれは素晴らしかった。スペイン人1003人とまでは行かないが、本当に台本通りあらゆる年齢のあらゆる体形の女性たちで、非常に効果的に動くのだ。
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終わった後のカーテンコールでも、150人のザルツブルク女性たちは大きな拍手を受けていた。この写真、どうもハッキリ見えないのはスマホで撮影したからもあるけど、舞台と観客席の間ににうすい白い仕切りがあるから。こちら側とあちら側にはっきり分かれているような演出でもあった。
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演出は本当に最初から最後まで凄かったが、なんといってもやっぱりダントツに凄いのは最後である。厳密に言うと、最後のちょっと手前の、ドン・ジョヴァンニの最期のシーン。それは、3時間5分ぐらいから3時間11分40秒ぐらいまで。時間の無い方は3時間9分25分ぐらいからどうぞ。今時のオペラ歌手って、ホント凄い。
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バスローブとサンダルでカーテンコール。でも、まだ白い色、落としてない。ホント、迫真の演技と素晴らしい歌声だった。実はこの「ドン・ジョヴァンニ」、NHKも撮影に携わっているようなのできっといつかプレミアムシアターで紹介されるのではと思うが、9月も10月もまだプログラムに乗っていない。でも、この演出でNHK、大丈夫なのかな…モザイク入れるとか…?
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それから指揮のクルレンツィス。今回もレギンスみたいな細いジーンズみたいなパンツ姿。
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ザルツブルク音楽祭のメイン・オペラであるモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」をウィーン・フィルではなく自分の組織した(批判によれば彼の言いなりの)ムジカエテルナで演奏したクルレンツィスには、今回今までにない強烈な批判が渦巻いた。大喝采と大ブーイングで批評家たちを真っ二つにしていたが、それも今までのようなダークホース的存在ではなくなった証拠かも。音楽祭的にはウハウハだったのではと思う。だって、その所為かどの所為か、オペラのチケットは全6回完売だったし、他のオペラと違って繰り返し話題になってたし。こんな注目の演目を見ることができて本当にラッキーだった。
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クルレンツィスの人気について、ZDFがこちらにコンパクトにまとめている。日程的にめぎがいけなかった教会でのコンサートの様子も写っていて、非常に面白い。6分45秒と短いし、ドイツ語の分かる方は是非。分からなくても、時々彼の英語が聞こえるし。それから、ザルツブルク音楽祭とは関係ないが、クルレンツィスとムジカエテルナが今年デルフィ遺跡でベートーベンの7番を演奏した時の映像がNHKプレミアムシアターで10月24日に放送されるようだ。とても素敵なシチュエーションでの演奏だったので、よかったらぜひ。

さて、宿に戻ってからも興奮が冷めず、飲みながら色々と議論。
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新聞にはスタントマンの女性たちの何人かが紹介されていた。めぎもザルツブルク在住だったら絶対に応募したのにな~
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もっともっとうまくまとめたかったのだけど、これでお茶を濁すことになってしまった。「ドン・ジョヴァンニ」、長いけど、お時間があったら是非。実存について音楽を聞きながら演出を見ながらじっくり考えてみたい方は是非。フルトヴェングラー指揮も素晴らしいので、ぜひ。フルトヴェングラーをクルレンツィス指揮と比べるのも面白いので、ぜひ。
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