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さまよえるオランダ人 [2021年夏 バイロイト・ザルツブルク音楽祭]

現在、2021年のバイロイト音楽祭の話を連載中。今回は「さまよえるオランダ人」のこと。これは、めぎ的に今回見た音楽祭の中で、前半のハイライト的存在。
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まだブログに書いてなかったが、実はめぎは2018年にもバイロイトで「さまよえるオランダ人」を見ていた。そのときは、演出はまあまあで歌手の歌い方が全然気に入らなくて、失礼ながら、バイロイトの質も落ちたなあ、もうバイロイトには来ないかも、と思っていた。それが、ほんの3年で再びバイロイトに行くことにしたのは、他でもなく今年新演出の「さまよえるオランダ人」をどうしても見たくなったから。
余談だが、この日からうちのドイツ人と合流。
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それは、他でもない、好きな歌手が出るから。2018年にバイロイトのあとに行ったザルツブルク音楽祭の「サロメ」で衝撃的に出会ったアスミック・グリゴリアンというソプラノ歌手がめぎは大好きで、今年は彼女がバイロイトで歌うというので、どうしても見たかったのだ。これは2018年の「サロメ」の一部。



期待して来たけれど、初日のあとの批評(こちらとかこちらとか)を読む限りでは、演出は全然ダメって感じ…歌手もみんなまあまあで、グリゴリアンだけ突出しているような話。むむむ。でも、今回ばかりはめぎはグリゴリアンの歌だけ聞ければいいの。
これはその日のお昼。このパスタ、ニンニクが効いていてちょうどいい塩味でアルデンテもちょうどよくてとても美味しかった。
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というわけで、めぎはタンホイザーが終わってからさまよえるオランダ人までの中3日、1つコンサートに行っただけでひたすら予習をした(その間はめぎは一人でザルツブルクにいた)。台本を読み、持って行ったタブレットで既に放送された初日の映像をオンデマンドで見ながら台詞を確認し…と。その場で初めて見る新鮮さは失せるけど、めぎはグレゴリアンの歌を待っていられなかったし、その場では意味を追うより演技と歌声を楽しみたかったのだ。
3日経ってから再びバイロイトに移動してうちのドイツ人と落ち合ったということ。
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さて、「さまよえるオランダ人」のあらすじだが、ものすごく簡単に書くと、悪魔の呪いで不死身で7年に一度しか上陸できなくて、その一日の間に永遠の愛を誓う女性と巡り合わないとまた7年幽霊船で航海をしなければならない運命のオランダ人が、ノルウェーの港町の別の船の船長と知り合い、その娘ゼンタに会う。ゼンタは伝説の彷徨えるオランダ人に憧れていて、そのオランダ人が実際に目の前に現れて、永遠の愛を誓う。しかしゼンタに恋をしているエリックという青年がゼンタを引き留め、それを見たオランダ人が裏切られたと思ってゼンタを置いてまた7年の航海へ乗り出していく。しかし、ゼンタがそれを追って海へ身を投げ、呪いが解かれてゼンタとオランダ人は昇天する。

下の映像は2013年のバイロイト音楽祭の「さまよえるオランダ人」で、めぎが2018年に見たのと同じ演出だが、基本路線はこのあらすじに沿っている。つまり、最後にゼンタが自殺し、それによってオランダ人も死に、二人は救われるという結末。この演出、めぎはこの工場の箱詰めの演出が(特に視覚的に)つまらないのだが、うちのドイツ人に言わせると、もともとの台本の糸紬も当時の工場のようなものであって、それが今の工場の箱詰めに置き換わっただけで基本路線であらすじに沿っているのだという。なるほど、でもそうは言ってもなぁ。指揮は当時ティーレマンで、めぎは彼の指揮があまり好きじゃないし、歌手は歌っているというより突っ立って叫んでいるという感じで、好きになれなかった。(それに、このエリックじゃ、心変わりも仕方がないと思う…)



この話が2021年、新たに演出家によって復讐ミステリー仕立てにすっかりすり替わっていた。「オランダ人」は「船長」やゼンタと同じ北欧の港町の出身で、彼の母親がかつてその町の金持ちの男「船長」と密通して捨てられ、町の住民から総スカンを食って自殺したので、長い間その町を離れていたのだが、復讐に戻ってきたという設定なのだ。金持ち男が船長を気取って居酒屋で多くの若者たち(彼の従業員なのかも)と船乗りごっこをやっているような感じのところに復讐に燃えたオランダ人がやってきて、金持ち男に一晩泊めてもらい、反抗期の娘ゼンタと知り合う。ゼンタは父親の過去を知っていて、平和で幸せな家庭を演じることに辟易しているというような感じ。ゼンタを慕っているエリックはものすごく心配するが、ゼンタは憧れに逃避して話をまともに聞こうとしない。オランダ人とゼンタは夕食の場で相思相愛になるが、引き留めるエリックとゼンタを見て裏切られたと罵り、復讐として町に火をつける。最後は船長の妻がオランダ人を撃ち殺し、大人になったらしいゼンタが母親を慰めて終わる。

今回のオランダ人は、舞台の北欧の寂れた田舎町の人々の様子はワーグナーのオリジナル設定にも沿うし、復讐というテーマで一貫性はあるのだが、その設定の安易さがあまりにも陳腐に感じた。密通して捨てられて自殺した母親の復讐だなんて、安っぽいテレビドラマ並み。それで相手の男に復讐するのではなく町全体を焼け落とすなんて、まるで今のテロや群衆に大型車で突っ込む無差別殺人と同じだ。その辺は現代の問題としてそう描きたかったのかもしれないが、この安易な復讐劇の原因設定をもうちょっとなんとかならなかったものかな。それとも、その安易さこそが現代の問題の本質をついているということなのだろうか。

糸車のシーンも、合唱の練習ということらしいが、どうして町の広場にいすを並べて歌わなければならないのかどうも説明がつかない。復讐に来たオランダ人がゼンタに惹かれなければならない理由も分からない。なにより、最後にどうしてゼンタが生き残るのか、どうしてゼンタはこの男を好きになり、その男が母親に殺されたのに、その母親に理解を示して終われるのか、全然わからない。今回の映像、YouTubeで見つけたけど、日本からも見られるかな。グリゴリアンの聞かせどころの歌は1時間1分ぐらいのところから1時間9分20秒ぐらいまで。なんでこんなシチュエーションなの、ということはさておき、彼女の歌は本当に凄い。どんなに声量が上がっても、叫んでいるのではなく歌っているし、ピアニッシモのときの歌い方に幅があり、メリハリがあり、かなり演技しながら歌えるのだ。上の映像と下の映像の同じ歌を比較すると、違いがはっきり分かる。



こちらによると、NHKのプレミアムシアターで9月12日の深夜に放送されるみたい。グリゴリアンの声、聴いてほしいな。この写真はこちらから。他の舞台シーンの写真はこちらにも。
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ところで、これを指揮しているのはびっくりするほどかなり小柄な女性指揮者。演奏は素晴らしく、ティーレマンも真っ青じゃない?という出来。NHKでもオペラに続いて今回の指揮者の別のコンサートを放送するようだが、バイロイト音楽祭始まって以来の初めての女性指揮者だということで、紹介するビデオもYouTubeで見つけた。ウクライナ人の彼女の訛りのあるドイツ語が印象的。1つめの映像の最初の30秒は、いつもだったら音楽祭はこうなのだが…という昔の映像。





初日にはメルケルさんも来ていたようなのだが、そのビデオに周りの屋台やコロナ検査場などが写っている。



普通に握手できるようになる日はいつ来るのかしらねえ…
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コメント 6

Baldhead1010

安心して隣の人と会話ができる、そんな集まりがいつになったらできるのでしょうね。
パスタは、一週間に一回、昼食の定番になっています。
by Baldhead1010 (2021-08-17 03:31) 

krause

CD(Flying Dutchman)を持っていて、耳で聴いているだけなので、9/12のNHKプレミアムシアターを観ることにします。
by krause (2021-08-17 05:17) 

YAP

同じ作品でも、演出でそこまでストーリーが変わるんですね。
町に火をつけての復讐は、たしかに無差別テロですね。
by YAP (2021-08-17 08:27) 

angie17

>グリゴリアンの聞かせどころの歌は1時間1分ぐらいのところから
>1時間9分20秒・・・
本当に素晴らしい歌声ですね!確かに演技と歌です!

by angie17 (2021-08-17 15:16) 

(。・_・。)2k

歌詞が分からないから アレですけど歌声素晴らしいです
てか 別嬪さんですよねぇ

by (。・_・。)2k (2021-08-17 15:53) 

Inatimy

オランダ人の呪いが解かれて昇天する・・・ちょっと悲しげだけどゼンタの愛に救われる。
でも、今回の演出だと、オランダ人はブチ切れて放火魔、母親は殺人者に・・・
で、ゼンタはオランダ人への愛よりも母への愛に終わってしまうなんて・・・なんだかねぇ^^;。
by Inatimy (2021-08-17 22:23)